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善光寺へ
年末忘年温泉旅行2009@渋温泉編・第4回。


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「旧駅舎の待合室にて」


2日目。
湯田中10:10発の特急「ゆけむり」で長野に向かう予定で宿を出ました。
途中ちょっと寄り道したりのんびり歩いていたら駅に着いたのは発車まで5分を切っていた!
さぁどうしましょう!?
ここで急いでキップを買えば何とか乗れなくもなかったんですが・・・・・。

ここまでのんびり温泉で過ごしたこともあって「もう1本後の電車にしよう」ということになりました(笑)
何しろ最終的には長野から出る新幹線に乗れればいいわけですからね。
これくらいの余裕があったほうが旅がより楽しめますし。


表紙の写真は、湯田中駅1番線ホーム(現在は使われていない)側にある初代駅舎から見た列車です。
初代駅舎は1927年(昭和2年)4月28日の路線開通と同時に使用開始されたと思われ。
ちなみに現在使用されている2代目駅舎は1955年(昭和30年)11月15日に完成しています。

旧駅舎は現在改装されて「楓の館」という施設になっています。
日帰り温泉の「楓の湯」とその休憩室があり、休憩室にはいろいろな資料などが展示されています。
それにしても、旧駅舎とステンレス車両の組み合わせがなんとも不思議な感じが(^^;


湯田中駅@Wiki
信州善光寺公式HP









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次の普通電車が出るまで1時間近く待ち時間があります。
そこで「楓の館」前にある足湯に入ることにしました。
「足湯」に手を入れて「手湯~かぁ」だって(^^;

ちなみにRunnerKは、渋温泉外湯巡りを完遂しただけでは飽きたらず「楓の湯」に入っていきました。
これからは「温泉FighterK」と呼ぶことにしましょうか(笑)



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さて、普通電車は途中の信州中野止まり。
途中で乗換えが必要となります。

車両は元・営団地下鉄日比谷線の「3000系」です。
その顔の形から「マッコウクジラ」と呼ばれていました。
わたしにとっては小さい頃から見ていた車両でもあるので、ちょっとなつかしい気分。


営団3000系電車@Wiki


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途中の駅を車窓から。
ここは「信濃竹原」。
結構立派な駅舎がありますが、現在は無人駅で駅舎も封鎖されているそうです。
雪が多い地域だと思うので簡易待合室くらいのスペースは残してあってもよかったような?


信濃竹原駅@Wiki


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長野から善光寺へ。
途中周りの様子をパチパチ撮りながら歩くので、ほかのメンバーからはちょっと離れてしまいます(^^ゞ

通りの向こう側にあった2階建てバス。
実はこれ「JOY STYLE」という名のカフェなんだそう。


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「西光寺」の慈光門。
歩道に大きくせり出した屋根が面白くて。
正面から見ると幅も車道側に向かって広がってるんですよ!(^^)


西光寺@Yahoo!トラベル


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「権堂」(ごんどう)のアーケード。
よく見ると、微妙に曲がってますよね・・・・・(^^;


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善光寺への道は昭和通り(国道19号線)の少し先から坂がややきつくなります。
その途中のとあるマンションに目が行きました。
1階は瓦葺ですが、2階から上は鉄コンのマンション。
最近はこんなパターンがはやってるんですかね?(^^;
あるいは町並み景観のためなのかな?


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善光寺の入口が目前というところにある立派な洋館が「藤屋御本陣」
江戸時代に創業し、かつては加賀の前田家藩主が参勤交代の折に利用していたそうです。
この建物は1925年(大正14年)に建てられたもの。
その存在感は今も健在って感じですね。
ちなみに現在はレストランとカフェ&バーの営業を行っています。


The Fujiya Gohonjin
本陣@Wiki



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善光寺の「仁王門」
扁額には山号である「定額山」(じょうがくさん)の文字があります。


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仲見世の賑わい。
といっても年末なので、年明けの初詣のときと比べれば人は大分少ないようです。
前々回のときは新年だったこともあって、かなり混んでいたそう(TETSU談)


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山門の手前右手に並んでいるのが「六地蔵」
仏教の「六道輪廻」に基づいていて、向かって右から地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界菩薩です。

写真ではちょっとわかりづらいかもしれませんが、一番右の地獄界の菩薩だけは蓮台から足が出ています。
これは説明の立て札によれば
「一刻も早く衆生を救いに行こうというお気持ちの顕れ」
とのこと。
下記の2つ目のリンクには別の見解についても触れられています。


地蔵菩薩@Wiki
善光寺の六地蔵について@教えて!goo


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そして本堂へ。
3年ぶりのお参りです。


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お参りの後はちょっと急いで戻ります。
そんなときでも、こういうものについ目が行ってしまうのは悲しい性でしょうか(^^;
これは「むじな燈篭」の伝説に基づいて作られた「むじな地蔵」です。

伝説について説明板にはこう記されています。

「むかし、下総の国(今の千葉県)に住んでいたむじなが人の姿となり、
 善光寺参りの講中にまじって善光寺におまいりしました。
 むじなは、殺生することなしに生きていけない自らの罪業を恥じ、後生を頼むため、
 善光寺に灯篭を寄進したいという願いをもっていました。

 白蓮坊を宿に定め、ようやく善光寺への参詣を果たしたむじなは、その晩
 安堵してお風呂につかりました。
 ところがうっかりむじなの姿のままで湯を浴びているところを見つかり、
 あわててどこかへ逃げ去りました。

 姿を消したむじなを不憫に思った住職は、むじなが灯篭を寄進したいという
 願い持っていたことを伝え聞いて、一基の常夜灯を建ててあげました。
 それが今も経蔵北に残る「むじな燈篭」だといわれています。」


「白蓮坊」とは善光寺の宿坊のこと。
中にこの像の元となった「地蔵童子とむじなの木彫」が安置されています。

籔内佐斗司の世界



このあと長野の駅前にあるそば屋でちょっと遅い昼食となりました。
善光寺近くのお店はどこも一杯だったので(^^;
そして、無事新幹線に間に合い東京へと向かいました。


すべて D700+AiAF28-105mmF3.5-4.5D


次回は最終回、オプショナルツアーで浅草へ向かいます。
by sampo_katze | 2010-01-31 19:45 | 温泉 | Comments(0)


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