お召し列車と貴賓室@交通科学館の企画展
大阪の交通科学博物館を訪ねよう!編・第6回


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「お召し列車のシンボル」


第6室の「鉄道と暮らし」のエリアでは「旅を変えた鉄道」というテーマでの展示も行っています。
「昭和30年代普通列車の旅再現」では車体こそ木製のレプリカですが座席や網棚、そして窓枠などは
「オハフ33」という客車で実際に装備されていた部品を使用し再現されています。
残念ながら車内(?)に入ることはできませんが通路や網棚に荷物が置かれていたり、帽子掛けにコートがかかっていたりと
その列車に同乗しているような雰囲気を味わうことができました。
また、「山陽新幹線」を走る「ひかりレールスター」で使用されている「サルーンシート」「4人用個室」の展示もあります。
後者は別のエリアだったかな?
本線での運用は「九州新幹線」開業とそれに伴う乗り入れでずいぶん少なくなっているようですが・・・・・。

で、ここのエリアの奥に「企画展」のスペースがあります。
訪ねたときは「お召し列車と貴賓室」をやっていました。

「お召し列車とは
 お召し列車とは、1935(昭和10)年大阪鉄道局発行『鉄道用語辞典』によると、
 「天皇陛下 皇后陛下 皇太后陛下 御乗車のため特別に仕立てて運転する列車を御召列車といい、
 列車運転保安上並びに線路その他の警備上特別の取り扱いを為す。
 (中略)
 一般には、皇太子殿下 皇太子妃殿下 其の他の皇族殿下 王族殿下 御乗車用の列車をも
 御召列車と称する場合がある。」
 とあります。
 このように、たいへん特別な列車で、お召し列車運行の際には、「指導列車」を走らせるなどして
 運転に支障がないように徹底した運行管理がなされ、また、どの列車も皇族の方々用に
 特別仕様となっていました。
 現在では、他の交通機関の発達もあり、お召し列車の運行そのものは減ってきています。
 また、「1号御料車編成」などのお召し専用特別列車ではなく、関西地区などでは馴染みのある
 特急「はるか」や「サロンカーなにわ」の車両などでも運転される場合もあり、
 お召し列車の姿は多様化してきています。」

※説明文より引用、以下同じ


表紙の写真は、「お召し列車」の先頭に飾られる「旗竿」「飾り」です(旗は複製)。
「お召し列車」には専用車両があり、それをけん引する「機関車」に取りつけられたものです。
いつのものかは書かれていませんでしたが。


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「お召し専用客車
 お召し列車の編成は、天皇がご乗車し、中央に連結される「御料車」(ごりょうしゃ)の他に、
 宮内庁などの関係職員が乗る「供奉車」(くぶしゃ)も連結されています。
 また、大正天皇や昭和天皇の即位式が行われた際には、神鏡「八咫鏡」(やたのかがみ)を輸送する
 「賢所乗御車」(かしこどころじょうぎょしゃ)という世界的にも大変めずらしい
 神様専用の車両も連結されました。
 明治初期は、二軸の木製の小さな客車から始まったお召し専用客車ですが、鉄道技術の向上と共に
 車体も木製から鋼製に、そして、大型化するなど、その時代の最高水準の技術が取り入れられてきました。
 乗り心地はもちろんですが内装も大変豪華で、なかでも御料車は「走る美術館」とも呼ばれるほど
 美しく仕上げられています。
 引退した御料車の一部は「鉄道記念物」に指定され、鉄道博物館や博物館明治村などで
 現在も大切に保存されています。」



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「お召し列車」関係の写真。
上は「亀」の文字が見えることから「関西本線」方面での運用かな?
中は「お召列車運転記念」で担当する「機関区」に所属する職員たちを撮影したもの、下は「安全祈願祭」の様子です。
この写真に写っている「C57 1」は現在も「山口線」で元気に走っていますね。

「お召し列車の運転
 1971(昭和46)年に国鉄運転局列車課がまとめた『お召列車運転の手引』によると、
 宮内庁からのお召列車運転の要請からはじまり、運転計画や車両の準備、発着時や車中での動き方などが
 図とともに事細かく記されています。
 また、鉄道省が1941(昭和16)年にまとめた『御召列車運轉ニ就テ』によると、
 お召し列車の前に「指導列車」を走らせて線路などの安全確認することが決められており、
 当時の緊張した様子がうかがえます。
 このようにお召し列車の運転には、通常の旅客運行にはない独特の雰囲気があり、鉄道職員は大変な緊張感を持って
 任務にあたっていたことが分かります。
 しかし、その一方で、お召し運転を無事に終えたときの感動は容易に想像できます。
 お召し列車運行に関われたことは、鉄道職員として大変名誉なことであったので、
 お召し仕様の機関車前で記念撮影された写真も残っています。」



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「D51形蒸気機関車」で最後の「お召列車本務機」をつとめた「838号機」の雄姿。

「お召し牽引機
 お召し列車の牽引機には、その時代で最も性能の良い機関車が選ばれてきました。
 明治初期は「お召し用機関車」はなく、運行の際には、整備状態が最も良いものが使われていました。
 明治後期になると、お召し用機関車の指定が始ま、り大正の中頃には、国産初のお召し用蒸気機関車
 8620形(28661号機など)が登場しました。
 昭和初期には、現在、梅小路蒸気機関車館で展示保存されている蒸気機関車C51形239号機などが活躍。
 また戦後には、様々な形式の蒸気機関車が使われました。
 また、性能の良い電気機関車やディーゼル機関車もお召し用として活躍しました。
 どの機関車も運転前から入念な整備が行われ、細部まで丁寧に磨き上げられました。
 また、蒸気機関車では、昭和40年代にはいると除煙板(じょえんばん)に鳳凰などのエンブレムが
 あしらわれた特別な装飾を施したものも多くなり、その豪華な装備に注目が集まりました。」



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「デフレクター」に取りつけられた「鳳凰」のレリーフ。
「D51 838」のものかはわかりません。
でも、これが「機関車」に取りつけられている姿はカッコいいですね。


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1985年(昭和60年)の「鳥取国体」に合わせて運転された列車に取りつけられた「紋章」と「尾灯」
「尾灯」の上部には「お召用」の文字が書かれています。
ただこれをのぞくと通常のとは何が違うのか、見た目ではわかりません。


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牽引する「蒸気機関車」に取りつけられた「ハンドル飾り」
「桜の花」をイメージしたようなデザインになっています。

「煙室扉のハンドル飾り
 蒸気機関車C58形1号機のお召装飾用につくられたものです。
     所蔵:梅小路蒸気機関車館」



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「お召し列車」に使用される電車の模型。
手前は「157系」で、中央に連結されている車両が「貴賓車」の「クロ157-1」です。
この車両のみ現存しますが「御料車庫」に保存されていて、本線上での運用はおろかその姿を見ることもできません。
保存の性質上、一般公開も・・・・・ないでしょうね。

奥は2007年にデビューした「JR東日本」「E655系」、愛称は「なごみ」です。
こちらは「皇族」の方や「国賓」などが利用される「特別車両」を抜いた5両編成での展示。
この5両で「団体専用列車」として運転されていますので、運がよければ乗ることができるかも?


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「貴賓室が設置された駅」の一覧。

「貴賓室とは
 貴賓室とは、天皇陛下をはじめとする皇族や外国の賓客の方々が駅舎で列車待合いのために利用する特別室のことです。
 戦前は、軍人や政治家なども貴賓室を使っていたようです。
 関西では、京都駅や神戸駅などの主要駅のほか、新幹線の新大阪駅にも貴賓室が設置されました。
 駅の規模や時代によって貴賓室の仕様は異なりますが、どの貴賓室もたいへん豪華で格式高いつくりとなっています。」



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「新大阪駅」にあった「貴賓室」の説明しおり。
年代は不明ですが、こんな案内があるということは使用されないときは一般公開されていたようですね。


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「貴賓室の照明と門灯」と、「京都駅」で使用されていた椅子。

「貴賓室の照明と門灯
 かつて橿原神宮などの最寄り駅だった桜井線畝傍駅(※)で使用されていました。」

※うねびえき


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天井にある「シャンデリア」
これは常設展示です。

「二代目 京都駅貴賓室のシャンデリア
 天井をご覧下さい。
 この大きくて豪華なシャンデリアは二代目京都駅の貴賓室に実際に取り付けられていたものです。
 二代目京都駅舎は、1915(大正4)年に竣工しました。
 建設計画では、駅舎は煉瓦造りで、線路は高架とする予定でしたが、大正天皇の即位式が京都で行われることが決まり、
 完成を即位式に間に合わせるため、高架工事は中断され、駅舎も木造二階建てに変更されました。
 このルネサンス様式風の優美なスタイルの駅舎は、1950(昭和25)年に焼失するまで、京都のランドマークとして、
 当時に人々から親しまれていました。」


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「東海道新幹線」のダイヤに赤線で書き込まれた「お召し列車」の運行計画。
1965(昭和40)年5月7日に「島根県」で行われた「植樹祭」にご出席される際に運転されたものです。
当時は30分ごとに「ひかり」「こだま」が発車していました。

ですが、このときは9時30分発の「こだま」(107A)が5分ほど遅れて発車するダイヤになっています。
また先行する「こだま」(105A)と「新大阪駅」の到着時刻が13:30で重なることから、「米原駅」で「お召し列車」を先行させ
こちらも5分ほど遅れて到着するようになっています。

「新幹線最初のお召し列車
 1965(昭和40)年5月7日、天皇皇后両陛下は、島根県で行われる植樹祭ご出席のために、
 初めて新幹線にご乗車されました。
 列車は、東京駅を9時30分に発車し、予定通り13時30分に新大阪駅に到着しました。
 両陛下は、開業したばかりの新幹線に大変なご興味を持たれたようで、
 浜名湖付近で運転台などもご見学されたと記録に残っています。
 当時、新幹線のお召し車両を製造する計画もあったようですが、製造までには至りませんでした。
 一時期は、お召し列車識別の標示として先頭・後尾車のスカート部分に白色の「V」字を入れたり、
 前照灯付近に青色のラインを入れたりしていましたが、
 現在では、このような識別のための装飾は行われていません。」



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「車中拝謁」をする際の手順書。
左が「御料車1号」での、右が「新幹線」での手順で事細かに書かれています。


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「お召標識」をまとった「0系新幹線」のイメージ図。
白Vラインは1966年(昭和41年)4月から、青ラインは1971年(同46年)8月からそれぞれ使用されていました。
取りやめになった時期はわかりません。

よく見ると、2つの車両の窓の大きさがずいぶん違いますね。
同じ0系でもこんなに違いがあったのかな?
個人的には大きな窓の方が見晴らしがよさそうでいいんですが、現在の高速走行では難しそうです。


すべて D700+24-120mmF4G/VR


次回は、船の歴史です。
by sampo_katze | 2013-10-09 20:40 | 博物館・美術館 | Comments(0)


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