居酒屋の会津メニューと老舗鰻屋のソースカツ丼
会津出張でのオフタイム編・第6回


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「城郭風の駅舎」


今回の出張は1人でしたが、唯一4日目だけは応援が来て2人作業でした。
移動は前日3日目の夜だったので「会津若松駅」で出迎え、宿にチェックイン後に再度合流。
駅近くの「居酒屋」に行くことになりました。
当然、この日だけは「ソースカツ丼」は封印。
またせっかくなのでご当地のメニューを提供してくれるお店を探しました。

この日は火曜日なので大丈夫だろうと思って1軒目に入ってみたら満席とのこと。
そういえば以前、別の地域に出張したときもそんなことがあったな~。
なんて思いながら、2軒目の「居酒屋いろはにほへと」へ。
「北海道」というイメージがありますが、入口前に「会津」のメニューもあるとのこと。
でも入ってみたら満席だったりして?なんて思っていたら、こちらはすんなり入れました。
よかったよかった(^^)


表紙の写真は、「会津若松駅」の駅舎の外観です。
正面口の中央に「破風」を設けてあり、「城」のようなイメージになっています。
これは2001年(平成13年)の「鶴ヶ城」の修復に合わせて改装されたもの。
通路の左側には「白虎隊」の像もあります。
これは以前、2003年4月に訪れたときから変わってませんね。


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駅舎への入口の右手には大きな「赤べこ」が鎮座しています。
ホームにいたマスコットキャラクターの「あかべぇ」ではなく、正統?な「郷土玩具」のスタイル。
しかも実物大の「牛」に合わせたかのような大きさがあります。
「話しかけてごらん、答えてしゃべるよ」と書かれていましたが、では横にあるボタンは何なんでしょう。
たしか小さい子がこれを押してましたが、何の反応もなかったような?(^^;

「赤べこ  由来
  1611年の会津を襲った大地震により、柳津町の圓蔵寺(えんぞうじ)が崩壊したため、会津藩主蒲生秀行の
 夫人振姫(徳川家康の三女)の寄進により、現在の地岩山の上に再建することとした。
  しかし、巌上での建造のため大材を運び上げることが出来ず困っていたところ、副住職の宝海上人が「赤べこ」の大絵馬を
 ご本尊虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)の前に供え7日7晩祈祷を続けたところ、満願の日に「赤べこ」が絵馬から抜け出し裏山に消えた。
  その夜明けに「赤べこ」は、赤毛の牛の大群を連れて現れ、ほかの牛と力を合わせて大材を運び上げることとなり、
 見事に虚空蔵堂を建てることができた。
  完成間近になった頃、いつの間にか「赤べこ」の群れは裏山に姿を消し、絵馬の「赤べこ」も元の絵馬に収まっていたとの
 ことである。残念ながらこの絵馬は、1818年の本堂の火災によって焼失してしまった。
  以後、「赤べこ」は今に伝わり、赤色は魔除けの色といわれて福牛とされ、会津の観光キャラクターとなっている。」



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さて、ちょっと寄り道?しましたが「いろはにほへと」の店内へ。
壁には「本日のおすすめ」ということで、ご当地の「郷土料理」が並んでいます。
もちろんここにも「会津ソースカツ丼」の文字がありますが、先に書いた通り今日は封印です。


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まずは「本郷」「にしんの山椒漬け」
初日の昼食でも食べましたが、さっぱりしていて「日本酒」に合いそうです。

山に囲まれたこの地方でなぜ海の幸が?と思いましたが、材料となったのは「身欠きにしん」のよう。
「冷蔵技術」が発達していなかった時代に日持ちさせるべく工夫をして生まれたものを
さらに長持ちさせつつ、おいしくいただけるようにして今に伝わっているんですね。


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「坂下」「馬刺し」
脂身が少ないですがおいしいです。
「馬刺し」というと「熊本県」というイメージがありましたが、「福島県」も有数の生産地なんですね。


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ご当地の「B級グルメ」?「若松」の「カレー焼きそば」
「カレー味の焼きそば」ではなく、「焼そばにカレーがかかっている」ところがポイント。
意外な組み合わせ、というか普通に考えたらちょっとありえない?
ただどちらも具も味付けもシンプルだからか、すっかりはまってしまいそうでした。


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意外といえば「高田」「納豆の天婦羅」
何かにはさんで揚げてあるのかと思いきや、そのまま固めて?揚げてあります。
「大葉」のみじん切りも入っているようで、意外なおいしさにビックリでした。
ちなみに「納豆」の消費量がもっとも多いのは「茨城県」ではなく、意外にも「福島県」なんだそう。
そのためか、こんなメニューがあるようです。

このほかにも定番メニューを2~3点ほど追加。
「会津」の夜をしっかり堪能しました


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最終日は少し早めに終わったので、少し遠回りして町歩きをしながらお店へと向かいます。
駅から南に延びる「国道118号線」より1本西側の道を南下していくと、左手にレトロな建物がある一角に出ました。
一部切れてますが左にあるのが「旧会陽医院」で、「野口英世」が幼少時に負ったやけどの手術を行った場所。
現在は1階が「會津壹番館」という「喫茶店」、2階は「野口英世青春館」になっています。
また右側の蔵造りの建物は「福西本店」
ご当地の名品や民芸品などを取り扱っているお店とのこと。
どちらも建物に関する説明が外にはなかったので詳細は不明です(^^;

會津壹番館


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「野口英世青春館」から300mほど下ったところで西へと折れ、さらに300mほど進むと右手に立派な建物が。
ここは「会津若松市役所」で、この庁舎は1937年(昭和12年)に建てられたものとのことです。


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「市役所」前の丁字路を左に折れて北へと進みます。
250mほど歩くと右手に見えてくるのが「馬場町1丁目」にある「えびや」です。
創業は「明治の頃」という老舗の「鰻屋」で、現在は四代目がのれんを守っています。
で、ここでのお目当ては「うなぎ」ではなく「ソースカツ丼」。
「伝統会津ソースカツ丼の会」にもその名を連ねているんですよ。
「老舗+鰻」というキーワードと重厚な雰囲気に思わず二の足を踏んでしまいそうですが、思い切って踏み込みましょう!

鰻のえびや


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といいつつ、ちょっとおずおずと中に入ると明るい声でお出迎え。
1人であることを告げると1階のテーブル席に通されました。
こちらの方がかえって落ち着くのでよかったです。
ちなみにこの日は金曜だったからか、2階は団体さんが利用されているようでした。


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「箸袋」の裏にはかわいらしいイラストと小話が書かれていました。
「なまず」も捕れていたんですね。
あれも白身でなかなかおいしいんですよ。

「会津ではうなぎは夜はりを仕掛けて置いて翌朝これを引き上げるという漁法によってとっていた。
 川は湯川下流とかせせらぎ川、日橋川など多くは田の中を流れる川です。
 うなぎばかりだけでなくなまずもとれ なまずなどは産卵時期には群をなして小川にあふれ
 村人はかますに一杯とったという。
 夢のようなお話です。」



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歩いたのでまずは「生ビール」を注文。
「お品書き」には「大瓶」しかありませんでしたが、店員さんが教えてくれたのでまよわずそちらにしました。
そしてつまみには「う巻き」(鰻を玉子焼きでくるんだもの)を注文。
「うなぎ」が2切れも入って、ちょっとぜいたくなつまみになりました。


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こちらはサービスで出していただいた「茶碗蒸し」
ふたを開けて見たところはごく普通ですが、そこは「鰻屋」さんが出すものです。
食べ進めていくと、中に「うなぎ」がしっかり入っていました。
これにはびっくりです!


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そしてメインの「ソースカツ丼」が登場。
「ひれかつ」が3つものってボリュームがあり、ソースがまたおいしい!
今回食した中では個人的にはイチオシです。
でも、次来たときはやはり「うなぎ」をいただかないとですね。
あとは「ソースカツ丼」ではなく「郷土料理」のお店とかにも行ってみたいところです。
1人だとコスパが悪いんですけどね(^^;


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次回は最終回、会津若松からの帰路の様子です。
by sampo_katze | 2016-09-11 21:00 | 東北 | Comments(0)


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