カテゴリ:Brompton+しまなみ( 15 )
坊っちゃん列車とともに
アフターしまなみ in 松山・後編


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「SL型ディーゼル機関車」


「伊予鉄道市内線」「路面電車」ですが、この中にちょっと変り種がいます。
小説「坊っちゃん」に登場する「マッチ箱のような汽車」をイメージした「坊っちゃん列車」です。

「停車場はすぐに知れた。切符も訳なく買った。
 乗り込んで見るとマッチ箱のような汽車だ。
 ごろごろと五分ばかり動いたと思ったら、もう降りなければならない。
 道理で切符が安いと思った。たった三銭である。」

※小説「坊っちゃん」より引用

この路線では1888年(明治21年)から小型SLが走っていましたが、1954年(昭和29年)のディーゼル化により休止。
その後は観光の目玉として何度か復活を求められていましたが、煙突から出る煙が最大のネックとなり実現せず。
しかし2001年(平成13年)10月12日に「ディーゼル機関車」による復元レプリカ列車の運行を開始し、現在に至ります。


表紙の写真は、「道後温泉駅」の引込み線に停車中の「坊っちゃん列車」です。
見た目はSLそのもの。
しかも水蒸気で模擬の煙を出したり車輪のロッドが動いたり、SLらしい走行音をスピーカーから流したりと
走る姿も本物そっくりに仕上げられているのが特徴です。


坊っちゃん列車に乗ろう!@伊予鉄道
坊っちゃん列車@Wiki


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走る"マッチ箱"を追いかけて・・・
by sampo_katze | 2012-01-11 21:00 | Brompton+しまなみ | Comments(0)
日本三古湯の1つ・道後温泉
アフターしまなみ in 松山・前編


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「温泉地の城跡」


11月14日(月)、最終日です。
この日の午後一の便で「松山空港」から帰京します。

本来なら「松山城」に行ってみたいところだったんですが、時間が足りません。
かつて1度訪ねたこともありますので、いさぎよく(?)あきらめ。
「道後温泉」に立ち寄ることにしました。


表紙の写真は、「道後温泉」のすぐ南にある「道後公園」の入口です。
両側に「湯築城」の幟が立っていたのにちょっと驚き。
こんなところにも城があったんですね~。


「道後公園
 道後公園は全体で約八.六ヘクタールあり、外堀を含め南北約三百五十m、東西約三百mで、
 中央部は海抜約七十m(比高約三十m)の丘陵部となっています。
 外周は外堀で囲まれ、丘陵を取り巻くように内掘があります。
 明治十九年に設置された道後植物園を前身とし、明治二十一年に県立道後公園となりました。
 昭和六十二年の道後動物園移転に伴い、昭和六十三年から発掘調査を実施したところ、
 湯築城跡の遺構や遺物が数多く出土しました。
 十二年間におよぶ発掘調査によって、遺構として、道路、礎石建物、土塀などが検出され、
 遺物として、土師質土器(はししつどき)、輸入陶磁器などの土器類や武具、建築用具の金属製品など
 約二十五万点が出土しています。
 湯築城跡の遺構は、全国的にみても、中世守護の城館としてまれに見る良好な状態で残っており、
 極めて貴重な遺跡であることが明かになりました。
 この遺跡を保存・活用するため、復元区域では、武家屋敷や土塁などの復元、出土遺物・遺構の公開を行っており、
 散策・休憩しながら楽しく歴史を学べる場としております。」


「湯築城跡(ゆづきじょうあと)
 湯築城は、二重の堀と土塁を巡らせ、その中に居住空間を持つ先駆的な「平山城」(ひらやまじろ)の形態をなす
 中世伊予国(現在の愛媛県)の守護河野氏の居城として、約二百五十年間存続しました。
 南北朝時代の初め頃(十四世紀前半)、河野通盛(みちもり)によって築かれたといわれています。
 通盛の祖先には、十二世紀末の源平合戦の際、水軍を率いて活躍した通信(みちのぶ)、
 十三世紀後半の蒙古襲来の際活躍した通有(みちあり)がいます。
 通盛は、それまでの河野氏の拠点であった風早郡河野郷(現在の北条市)からこの道後の地に移りました。
 築城に関する文献は残っていませんが、河野郷の居館が寺(善応寺)になった時期や、忽那家(くつなけ)文書の記述などから、
 遅くとも建武年間(一三三四年~一三三八年)には築城されたと推定されています。
 河野氏は、その後讃岐(さぬき)から攻め入った細川氏との戦いに敗れ、湯築城は一時占拠されましたが、
 守護職とともに湯築城を奪い返しました。
 しかし、近隣諸国から幾度となく攻撃を受けたり、お家騒動(惣領職・そうりょうしょくの継承をめぐる分裂)や
 内紛(家臣の反乱)を繰り返し、その地位は決して安泰ではありませんでした。
 天正十三年(一五八五年)、全国統一を目指す羽柴(豊臣)秀吉の命を受けた小早川隆景(こばやかわたかかげ)に湯築城は包囲され、
 河野通直(みちなお)は降伏し、やがて湯築城は廃城となりました。」



道後公園
湯築城@Wiki


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日本最古級の温泉地・・・
by sampo_katze | 2012-01-09 21:00 | Brompton+しまなみ
今治の"変チク物"めぐり
アフターしまなみ in 今治・後編


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「三大水城の1つ」


今回の「しまなみ」計画の初期段階では、「しまなみ」~「とびしま」両海道をめぐるというプランも考えていました。
昨年の「サイクルハウスしぶや」のツーリングをほぼトレースしたものですが(^^;
でも計画を練っていくうちにわたしたちだけではちょっと慌しいかな?という結論に至り、
「尾道」「今治」の片道ルートで落ち着きました。
そして帰京手段は「TETSU」「長太郎」さんが陸路、別行動のわたしは翌日の飛行機に決定。

で、3日目の単独行はどうしようか?
帰路の出発空港が「松山空港」なので、普通にそのまま「松山駅」に直行して市内を走って1泊して~と考えてました。
自転車雑誌「Bicycle Club」の8月号を読むまでは。

連載「日本史の旅は、自転車に限る! ツーキニスト疋田智が古里を行く」で「今治」について取りあげていました。
「シクロツーリズムしまなみ」「宇都宮一成」さんの案内で市内をめぐっていたんですが、これが面白い!
変な建築物を意味する「変チク物」とは「宇都宮」さんの造語なんですが、これが「今治」にはたくさんあるんだそう。
それまでは「タオルの町」というイメージしかなく、見るところは「今治城」くらいかな?と思ってたんですが(^^;
これは行くしかない!ということで日没までの2~3時間で慌しくめぐることとなりました。


表紙の写真は、北西側から見た「今治城」の外観です。
中央にそびえる「天守」はどうやら工事中のようですね。
あとで調べたところ、台風の被害を補修する工事を行なっていたようです。
ここに上がると「来島海峡大橋」などが眺められるそうですが、今回は時間がないのでパス。
次回に持ち越し・・・・・って、こればっかですね(^^;

堀には1羽の「コブハクチョウ」がいました。
羽を少し膨らませ気味に近づいてきていたので、もしかして威嚇してるの?
と思ったんですが結構フレンドリーで「なんかおくれよ」という感じ。
でもあいにく何もあげられるものがないので「わるいけどあげられるのは何もないよ~」
すると「なんだい、つれないな~」と離れていきました。
ゴメンネ~!(苦笑)


シクロツーリズムしまなみ
自転車|枻(エイ)出版社
今治城@Wiki


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駅の近くだけでも十分に楽しめる・・・
by sampo_katze | 2012-01-07 23:10 | Brompton+しまなみ | Comments(0)
調査・あのCMの宮殿は本物なのか?
アフターしまなみ in 今治・前編


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「巨大なスクリュー!」


昨年の11月11日から13日にかけて、いつもの「Brompton」メンバーと共に「しまなみ海道」を走りました。
走行前の週間天気では雨マークがついていて心配だったんですが、予報通りに行きの新幹線の中では大雨模様!
でもスタートとなる「新尾道駅」では上がっていて一安心。
それからの3日間は天気もよく、そしてトラブルもなく無事に終着点の「今治駅」まで走りきることができました。
帰ってからもすぐ、またもう1度走りたい!
そう思ってしまうほどの走りやすさ・気持ちよさと景色のよさ。
橋を渡るとはいえ、自転車で海の上を走り抜ける爽快感はほかではなかなか味わえませんからね(^^)

話を戻して終着点の「今治駅」。
「長太郎」さんと「TETSU」は夕方の特急「しおかぜ」に乗り込み、陸路で帰京します。
でもわたしは1人残ってもう少し「今治市内」を走って「松山市内」で1泊、翌日に空路で帰京することにしていました。
ここでお別れになる2人の輪行準備完了を見届けて市内散走へ出発。
これまで3人で走ってきたので、急に1人で走るとなるとちょっと寂しさも感じました(^^;

さて「今治」ではいくつか行ってみたいところがあるんですが、例によって日没まではあまり時間がありません。
市街地からそれほど離れないとはいえ、知らない土地ではナイトランはできれば避けたいもの。
ということで、まずは一番遠い目的地から訪ねて順番に駅に近づいていくことにしました。

その場所は「日本食研」の工場です。
CMで流れた「♪宮殿、宮殿、焼肉のたれ~ ホントに宮殿で作ってる~♪」のフレーズ。
あのときの背景はCGではなく実物とのこと。
それを自分の目で確かめてみたくて(^^;


表紙の写真は、駅から北東に約1kmの「今治港」にある巨大なモニュメントです。
「造船の町 今治」とありますが、それを象徴するものですね。
これは「今治造船」が寄贈したスクリューで、1977年3月に竣工した「AMERICAN HIGHWAY」という船のものだそう。
ニッケルアルミブロンズ製で直径は6.3m、重量は約20t!
表面の模様がとてもきれいですが、これらはすべて手作業で造られるんだとか。
まさに職人技がなせるものですね。


重要港湾 今治港@今治市農水港湾部港湾管理課


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今治駅からほんの少し足を延ばす・・・
by sampo_katze | 2012-01-05 21:00 | Brompton+しまなみ | Comments(0)
しまなみの終着点・今治へ
Brompton三銃士・しまなみ海道を走る!最終回


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「巨大橋のシルエット」


「しまなみ海道」編もいよいよ最終回です。
「しまなみ海道」は北から順に「向島」(むかいしま)、「因島」(いんのしま)、「生口島」(いくちしま)、
「大三島」(おおみしま)、「伯方島」(はかたしま)、「大島」と6つの島を通過しています。
これらの島々の間は基本的に1本の橋で接続されていますが、南側の2島は例外で
「伯方島」~「大島」間は「見近島」(みちかしま)、「大島」~「四国」間は「武志島」(むしじま)と「馬島」で中継されています。
そして「見近島」と「馬島」は原付・自転車・徒歩ならアクセス可能!(「馬島」は島民は自動車も可)

前者は時間の都合もあってスルーしましたが、後者は最終目的地が目前ということもあって時間的にも気分的にも余裕が。
しかも島へのアクセスはエレベータを利用するというギミック(?)もあるので下りてみることにしました。


表紙の写真は、「馬島」から見上げた「来島海峡第三大橋」です。
前回の最後は真下からだったのを少し角度を変えてみました。
「今治」に向かって大きくカーブしているところを生かしつつ、主脚も取り込もうとしたのでかなり無理がありますが。


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島にエレベータで下りる・・・
by sampo_katze | 2011-12-29 21:00 | Brompton+しまなみ | Comments(0)
しまなみ最大最長の橋・来島海峡大橋
Brompton三銃士・しまなみ海道を走る!第10回


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「ファーストコンタクト!」


「大島」にある「村上水軍博物館」を後にして、島の南へと向かいます。
そのまま「県道49号線」進んでいくと海沿いを走れますが、結構キツイ道らしいので回避。
1度「宮窪」(みやくぼ)の交差点まで戻り、そこを左折して「国道317号線」を進むことにしました。
列車の時刻もあるので、あまり回り道していると乗り遅れる可能性もありましたからね。
と、ちょっと言い訳してみる(笑)

そして「宮窪」から島の中央を横断して走ること約8km、「しまなみ海道」最後の橋が見えてきます。
「大島」と「四国本土」を結ぶ「来島海峡大橋」(くるしまかいきょうおおはし)です。
1つの長い橋のようですが、3つの吊り橋がつながっているんですね。

「世界初の三連吊橋
 来島海峡は大島と今治の間の幅約4kmの海峡で、この間には、中渡島、武志島、馬島などが点在しており、
 瀬戸内海特有の多島海景観を呈する景勝地(国立公園第二主特別地域)となっております。
 また、この海峡は安芸灘と燧灘をつないでおり、海峡のほぼ中央にある武志島と馬島によって大きく3つの水路に分かれ、
 それぞれ東水道、中水道、西水道と呼ばれています。
 潮流が速い(中水道では最大10ノット)うえに狭く屈曲しているので、海の難所として名高く、
 航行船舶は海上交通安全法に基づく「順中逆西」の通行法が決められています。
 来島海峡大橋は、このような自然景観と海上交通の要衝として特徴ある来島海峡に建設されるため、
 これらの周辺条件と調和したものにする必要があります。
 従って、橋脚位置の選定にあたっては極力現在の地形を生かし、また航行船舶への影響を軽減するよう配慮しながら
 来島海峡の3つの水道を吊橋で渡る、世界でも初めての三連吊橋として工事が進められました。」

※道の駅説明板より引用
 中渡島:なかとしま、武志島:むしじま、馬島:うましま


表紙の写真は、「国道317号線」終端近くの下り坂から眺めた「来島海峡大橋」です。
「大三島」の南からもその姿は小さく見えてはいましたが、間近で正面寄りから見ると迫力がちがいます。
当然ですが、道沿いには電線が通っているのでどうしても橋に電線がかかってしまいます。
そこでゆっくり下りながら場所を探し、ようやく電線の影響が小さくなるところを見つけて撮影しました。
レタッチで消してもいいんですけどね。


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大迫力の3連橋・・・
by sampo_katze | 2011-12-27 20:20 | Brompton+しまなみ | Comments(0)
水軍と石の島・大島
Brompton三銃士・しまなみ海道を走る!第9回


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「いけすのある宿」


3日目の11月13日(日)。
朝から雲に覆われていて、青空は見えません。

この日は「伯方島」を出て「しまなみ海道」最後の島「大島」を通り、「今治」(いまばり)を目指します。
最大の目玉は「大島」と「四国本土」に架かる「来島海峡大橋」
「尾道」スタートでの「しまなみ海道」めぐりのフィナーレにふさわしい最大の橋です。
それだけにこの日はスカッときれいに晴れてほしかったんですが・・・・・。

まぁ、スタート前に心配されていた雨には降られずに済みそうですし(「新尾道駅」付近でパラパラはあった)
「来島海峡大橋」は「今治」から程近いので、弾丸ツアーで再訪問!なんてこともできますからね。

コースは基本「今治」へ直行です。
というのも、「長太郎」さんと「TETSU」はこの日のうちに帰京しなければならないため。
夕方の列車に乗る必要があるので、あまり寄り道ができません。
立ち寄りポイントは「大島」の北にある「村上水軍博物館」、南の「道の駅 よしうみいきいき館」
そして橋の向こうにある「サンライズ糸山」の3か所。
「来島海峡」の絶景ポイントといわれる「亀老山」(きろうさん)も行ってみたいところですが、行程的にムリなのでパス。
いずれ単独行ででも・・・・・。


表紙の写真は、2泊目の宿の「民宿うずしお」です。
「道の駅 伯方S・Cパーク」から「国道317号線」経由で約2.5kmのところにあるので、自転車には便利。
館内設備は最小限なので物足りないと感じるかもしれませんが、宿には何でもあるという環境に慣れすぎだからですね(^^;


民宿うずしお@高枕


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曇り空の下・・・
by sampo_katze | 2011-12-25 21:25 | Brompton+しまなみ | Comments(0)
塩の島・伯方島
Brompton三銃士・しまなみ海道を走る!第8回


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「船がモチーフ」


2日目の最後は「伯方島」(はかたしま)です。
かつてCMで流れていた「は・か・たの塩!」のフレーズでおなじみ。
「しまなみ海道」にある島の中ではもっとも有名な島かもしれませんね。

かつてはそのイメージの通り、島に「塩田」(えんでん)を使った製塩業が盛んでしたが
現在は「塩田」はなくなり、跡地は「クルマエビ」の養殖場などになっているんだそう。
ですが「伯方塩業」「大三島工場」では、2010年に「流下式枝条架併用塩田」を復活させました。
製造設備ではなく社内教育と技術伝承が目的だそうですが、予約をすれば見学もできるそうです。
「伯方島」ではないのがちょっと残念ですが。


表紙の写真は、「道の駅伯方S・Cパーク」にある「マリンオアシスはかた」です。
船をイメージしたような外観ですね。


伯方塩業
塩田@Wiki


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2日目も終盤・・・
by sampo_katze | 2011-12-23 20:40 | Brompton+しまなみ | Comments(0)
アートの島・大三島
Brompton三銃士・しまなみ海道を走る!第7回


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「男と女」


2日目も後半。
「大三島」(おおみしま)の南半分を時計回りに進んで、次の「伯方島」(はかたじま)へ向かう行程です。
地図を見るとわかりますが、この島は逆L字のような形をしているので移動距離は長くなります。
そのため「しまなみ海道」の本流は島の東側をショートカットしているのだと思いますが、
存分に楽しむのであれば西回りのほうがいいですね。

ちょっと心配なのは高低差。
事前に「ルートラボ」で高低差も含めてチェックしたところ、アップダウンがあるようなんです。
島の北にある「盛」から「肥海」への上りが思ったよりキツかっただけに不安が残ります(^^;
まぁ風もないし激坂ではないみたいなので、開き直って行くしかないですね。
そこを越えないと先に進めないわけですから!


表紙の写真は、「大三島」の南西部にある「ところミュージアム大三島」の入口です。
現代彫刻を中心に展示している美術館で、実業家の「所敦夫」氏の寄付によって2004年に開館しました。
「宮浦」にある「大三島美術館」の別館という位置づけなんだそう。
今回は時間がないため、入口を眺めただけで先に進んでしまいましたが。


ところミュージアム@SHIMAP


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島の南部をぐるりと上って下って・・・
by sampo_katze | 2011-12-21 20:50 | Brompton+しまなみ | Comments(0)
日本総鎮守・大山祇神社と激安海鮮丼
Brompton三銃士・しまなみ海道を走る!第6回


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「四国唯一の大社」


今回は「大三島」観光スポットの1つ「大山祇神社」(おおやまづみじんじゃ)を訪ねます。
由緒は次の通り。

「日本総鎮守 大三島宮 大山祇神社由緒
 御祭神 大山積大神

 御祭神大山積大神は天照大神の兄神で山の神々の親神に当り(古事記・日本書紀)天孫瓊々杵命の皇妃となられた
 木花開耶姫命の父神にあたる日本民族の祖神として、和多志大神(伊豫国風土記)と申し上げる、海上安全の守護神である。
 地神・海神兼備の大霊神として日本の国土全体を守護し給う神であるところから古代より日本総鎮守と尊称され
 朝廷を初め国民の崇敬は各時代を通して篤く中世は四社詣、五社詣の中心となり、平安時代既に市が立ち現在に続いている。
 御分社は、全国に一〇、〇〇〇余社祀られ、延喜式名神大社に列せられ伊予国一の宮に定められた。
 明治以降は国幣大社に列せられ四国で唯一の大社として尊崇されている。」

※案内板より引用


ここには8点の「国宝」と75点の「国指定重要文化財」を収蔵。
「大三島」が「国宝の島」とも呼ばれる由縁でしょうか。
境内には「昭和天皇」の研究を展示した「海事博物館」も併設されていて、これらをじっくり巡ると半日くらい必要になりそうです。


表紙の写真は、「大山祇神社」への入口です。
島内を走っているときはあまり人の気配を感じなかったんですが、さすが島の中心地だけあって周辺はにぎわっていました。
見どころも食べどころも充実しているからでしょうか。


大山祇神社@Wiki
今治市大三島美術館


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大社にお参り・・・
by sampo_katze | 2011-12-19 20:50 | Brompton+しまなみ | Comments(0)