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カープ発祥の地
広島でオフじゃけ編・第4回。


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「不思議な模様」


ドームから歩いて広島城に向かいます。
道なりで1キロあるかどうかの距離ですからね。
日ごろの運動不足解消にもちょうどいいかな?(^^;


広島城は別名「鯉城」(りじょう)と呼ばれます。
「カープ」(carp、英語で鯉のこと)という名の由来になったのがこのお城。

中国地方の雄である毛利氏は、山間にある「吉田郡山城」(現在の安芸高田市、広島市の北西約40km)を居城としていました。
群雄割拠、下克上という激動混乱の戦国時代において、山陰と山陽を結ぶ要衝にあったこの城は
戦略的拠点としてとても好都合だったのですが
天正年間後期になると豊臣秀吉が天下統一を果たし、比較的安定した世の中になっていきます。
こうなると城の役目は防衛より政務所としての役割が求められてきますが、あいにくここでは手狭で十分な力を発揮できません。
また交通の便はいいとはいえず、商業面でも不利でした。

そこで「毛利輝元」(もうりてるもと・毛利元就の孫にあたる)が1589年(天正17年)に広島の地で築城を開始しました。
平野で商業地としての発展も望め、さらに瀬戸内海に面していることから海上交易にも有利だからでしょう。
もっとも、先の記事でも出ましたが広島の地は広大な三角州地帯のため工事はかなり困難だったようですが。
ただ、毛利氏は秀吉の天下統一にあたり多大な武功を上げていたことや、
後の朝鮮出兵の足がかりとしての期待もあり様々な援助も受けていたようです。
城の構造なども大阪城や聚楽第を範にしたとも。

1600年(慶長5年)の関が原の戦いの後、西軍の総大将だった毛利輝元は周防・長門(現在の山口県)に転封され
代わって「福島正則」(ふくしままさのり)が入城します。
しかし、城の改修(台風でできた雨漏りを補修する程度だったと言われる)を無断で行ったことが
武家諸法度に違反するとして1619年(元和5年)に改易。
家康の死による政治的混乱に巻き込まれたという説もあるようですが、定かではありません。
その後は「浅野長晟」(あさのながあきら)が紀伊和歌山から入城し、1874年(明治7年)廃城になるまで浅野氏が城主を務めました。

1931年(昭和6年)に当時の国宝保存法に基づき国宝に指定されますが、原爆の爆風により倒壊。
戦後から復興しつつあった1951年(昭和26年)の広島国体にあわせて木造仮設天守閣が作られました。
仮設ですから国体終了後には解体されてしまいましたが。
1958年(昭和33年)には「広島復興大博覧会」にあわせて大天守が鉄骨鉄筋コンクリート造で外観復元、現在に至ります。


とまぁ、こんこんと歴史を語りましたが・・・・・。
例によって広島城はほんの少しだけ(^^;
メインは城まで歩く途中で撮ったスナップです。

表紙の写真は、み~さんが見つけた本通アーケード入り口近くの壁に出現した影。
非常階段とその手すりなんですが、規則正しく並んでいるとなかなか面白いですね(^^)


広島城公式HP
広島城@Wiki









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スクーターのボディに映りこんだ風景、プチ魚眼風です。
そういえば、最近魚眼を使ってないなぁ(^^;


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本通アーケード内のとある一角。
ほかとは一線を画した純和風の外装が目を引きました。
ここの1階右手を奥に進むと「炙りDINING&CAFE 月あかり」があります。


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アーケードを抜けて鯉城通に出たら左に進みます。
広電宇品線の本通駅そばにあったポスト。
なんの変哲もないポストですが、なぜか2つ並んでいてしかも大きさがちがいます。
どちらも投函口や扱う郵便物にちがいはないようなのに・・・・・なんででしょう??(^^;


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本通駅の先で地下道に入ります。
このあたりのメイン道路は広い上に交通量が多いので、地下道のほうが都合がいいんですね。
県庁近くの地上への出入り口はこんな感じ。
前面ガラス張りの向こうは一部が石垣になっている石壁です。
石垣はもしかすると中堀に使われていた本物の石垣かも?


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地上への出口を見上げて。
階段の先に人影が見えますが、あれは実は彫刻なんです。
なんであんなところに?と不思議でなりません(^^;


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お城の南側にある二の丸跡を通り抜け、護国神社を横目に進むと
林の向こうに天守閣が見えてきます。


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近くから見上げてみると、これが鉄筋コンクリート製とは思えない外観です。
もっとも、素人の遠目では漆喰とコンクリートの差がわかりませんが(^^;
また、窓の周りに板が貼られているのもポイントなのかもしれませんね。
み~さんは鉄コン製ということに驚いてましたが、外観復元されたものが多いですから。
九州の小倉城は、外観は城ですが内部は郷土資料館になっていてバリアフリー構造になっているんですよ☆


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天守閣最上層から東方面を眺めます。
「縮景園」のある方向ですね。
左に見える塔は中国放送本社のものです。
右の高い建物は「アーバンビューグランドタワー」かな?
縮景園のさらに向こうに広島駅があるんですが、当然見えません。


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夕方の日差しが長い影を作ります。
広角レンズでちょっとお遊び。
み~さんの靴が超厚底って感じになりました(笑)


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巨匠の模写。
指を立ててちょっとだけオリジナリティを出してみました(^^;
デジタルなら何度もやり直せますが(ってか、やり直した・笑)、フィルムではわたしには無理ですね~(汗)


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基町クレド。
1994年(平成6年)NTT中国支社の敷地に立てられた複合商業施設です。
中間部は円形の建物と天幕で構成されています。


NTTクレド@Wiki
基町クレド@建築マップ


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中間部の屋上部分は展望スペース「スカイパティオ」として開放されています。
広島城が小さくですが見えますね。
堀の左に見える建物群は市営の基町アパート群です。
天守閣からの眺めはなかなか圧巻でしたね。


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こちらは「リーガロイヤルホテル広島」
開業当時は広島一高い建物でしたが、2003年12月竣工した前述のビルにその座を譲っています。
もっともその圧倒的な存在感は、高さの数値だけでは量れませんけどね。

余談ですが、スカイパティオからは広島市民球場の外野の一部などが隙間から見えるんです。
スコアボードなんかも見えるようですね。


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窓の映り込み。
中も透けて見えてるので、ダブっています。
どこまでが中でどこからが外なのか・・・・・なんてね。


1、2枚目 D700+AiAF28-105mmF3.5-4.5D
3、6、10、12、14、15枚目 D700+AiAF20mmF2.8D
4、5、7~9、11、13枚目 D700+AiAF35mmF2D


次回は、ちょっと順番を変えて「こんちゅう館」の様子です。
by sampo_katze | 2009-04-09 22:00 | 山陰・山陽 | Comments(0)


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