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普通列車・特急列車
東武博物館+1編・第3回。


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「"奇遇"の復活」


東武鉄道は1899年(明治32年)、北千住~久喜間で開業しました。
そして1924年(大正13年)に浅草(現・業平橋)~西新井間を電化、初めて電車が走ります。
これにあわせて登場したのが、表紙の写真の「デハ1形」(5号電車)です。
木造の電車で全長は16mと、現在主流の20m旧電車と比べるとちょっと小ぶり。


ちなみに電化当時はこの車両が8両だけでしたが、翌年以降急速に電化が進み
1932年(昭和7年)3月末には当時開業していた路線は全部電化が完了してしまったとのこと!
それに伴い、電車も続々増備されていきました。
そして、時代が進めば古い電車は次々と新しい電車へと置き換えられ姿を消していきます。
老朽化のため、故障のため、運用効率アップのため・・・・・etc。


でも、この電車は登場当時の姿をとどめたまま現在に至っています。
経緯の詳細はわかりませんが、1956年(昭和31年)以降は現役を引退し西新井にあった車両工場に移転します。
現在はマンションが建設中で、車両工場の面影はまったくありませんけどね(^^;
で、1981年(昭和56年)の廃止までの余生を工場内で車両の入れ替えに従事していました。
本線と比べれば運転距離も頻度もはるかに少なく、屋内がほとんどなので雨ざらしになることもありません。
全国に散らばる旧型の車両が、屋外に放置され雨ざらしや日の光にさらされて朽ちていき
やむなく解体という運命をたどったものも多いのですから、なんという幸運でしょう。









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車内に入ってみます。
もちろん、この電車には乗ったことはない(存在は知っていましたが・^^;)ので
当時の車内がどんなだったかは知る由もありません。
でも、まるで新造されたばかりのような美しい車内に思わず息をのんでしまいます。


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天井灯もよく見ると、ガラスに細工がなされていました。
当時はこんなところまで凝っていたんですね~。


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当時はロールカーテンなどありません。
代わりに「よろい戸」と呼ばれる木製の窓がついていました。
日差しを完全にさえぎり、斜めについた羽根板から風が吹き込む。
冷房がない時代ですから、これが最良の空調設備だったんですね。

外の景色がぜんぜん見えなくなってしまうのが難点ですが(^^;
何しろ途中で止めるなんていう器用なことができませんから。

ちなみに阪急電車にはこの構造が今でも採用されているようです。
っても最近は乗っていないので、最新の状況はよくわかりませんが(汗)


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乗降扉についた取っ手と掛け金。
掛け金には鍵穴が見えます。
自動ドアではありませんから、駅を発着するたびにこれを操作していたんでしょうね。


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中庭に出てみます。
東武最古の電気機関車ED101形があるエリアですが・・・・・。
この奇妙な物体は一体何でしょう??


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ED101と並んで展示されているのが、特急車両の「5700系」です。

東武では1929年(昭和4年)の日光線全線開業と同時に、浅草(現・業平橋)から日光まで特急を走らせています。
1950年(昭和25年)に国鉄が上野~日光間に「快速日光」を設定されると、
これに対抗するための高性能な特急車両の登場が必要となり、翌年にこの5700系が登場しました。

この車両は後年改造されて正面に貫通扉をつけた姿になっていましたが、当館のリニューアルに合わせて
再度改造され登場当時の流線型に戻されました。
丸いヘッドマークの横に並んだ3本の飾り帯が2枚窓と相まって猫の顔のように見えることからか、
自然と「猫ひげ」という愛称で呼ばれるようになったそうです。

ちなみに1つ前の奇妙な物体は、流線型を復元するときに使われた「金型」です。
車両図から鋼板で金型をおこし、これに合わせて鉄板を叩いて復元を行ったそうです。
通常金型は保存されることがないためこの金型も「復元」したわけですね(^^;


東武5700系電車
けごん(列車)
いずれも@Wiki


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扉付近のアップ。
乗務員室の扉は先頭形状に合わせて少し斜めになっていますね。
また下半分は車体と一体となっていて、スピード感が強調されるようです。


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車内は「貴重な鉄道資料のため」扉付近しか入れず、ちょっと残念(^^;
それでも当時の車内の雰囲気は十分味わうことができます。

天井には扇風機が取り付けられましたが、復元に際して登場当時の姿に戻すというコンセプトから
再度外されてすっきりした内装になっています。
今では考えられないことですけどね(汗)


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通路の真ん中に置かれている小さな椅子。
多客時に使われた補助椅子で、通常は乗務員室に置かれていました。
偶然にも浅草駅構内に1つだけ残されていたものだそうです。


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運転台をのぞいています。
メーターの間に懐中時計を置くくぼみがついていますね。
ブレーキハンドルが入った状態で展示されているのはちょっとめずらしいです。


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「猫ひげ」を正面から。
全12両のうち4両がこのような形状をしていました。


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館内には貫通タイプの先頭部分のカットモデルも展示されています。
残りの8両は登場当時からこのスタイルで、「猫ひげ」タイプも1960年(昭和35年)にこの姿に改造されました。


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最後は「デラックスロマンスカー」と呼ばれた名車「1720系」です。
都合により車内の写真が先に出ますが(^^;

1960年(昭和35年)に登場した車両で、国鉄の日光直通列車に対抗すべく設計・開発されました。
最高速度は165km/h(!)で速度の面では申し分なし(もっとも運転最高速度は110km/hと平凡でしたが)
日光を訪れる外国人観光客の利用に配慮してか、座席の前後間隔は1100mmと広く設定され
トイレも和・洋の2種類を設置していました。
女性客室乗務員も同乗、英語での案内も万全です。
ビュッフェやジュークボックスが置かれたサロンルームなども設置、
車端の扉には自動ドア(当時はマジックドア)を日本の鉄道として初めて導入するなど
ハード面でもソフト面でも看板電車として申し分のない設備になっています。


東武1720系電車


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テーブルは現在主流の座席の背面にあるタイプではなく、
窓側に設置された折りたたみ式でした。
テーブル面が狭いのでちょっと使いにくそうですね。


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運転席には入れませんが、アクリル板で仕切られているので中を見ることができます。

さいたま市の岩槻公園に保存されている車両のほうは、運転席に入ることもできるそうです。
公開時間は限られていますけどね。


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これが外観。
先頭車両の形状は日産の「セドリック」(初代30型)をモデルにしたんだとか。
セドリックの写真を見てみると、確かにイメージはよく似ていますね~。

残念なことに、この車両は展示スペースの関係から後ろ半分がカットされています。
当初は現在の5700系のように中庭に展示する予定だったのですが、搬入経路が確保できず
やむなくこのような姿になったとのこと。
1991年(平成3年)まで30年にもわたって活躍してきた名車だけに、完全な形で保存してほしかったところですが。
なお台車やモータ、シートなどの部品を流用し、新造した車体に乗せ換えた「200系」が登場しています。


日産・セドリック@Wiki



すべて D700+AiAF28-105mmF3.5-4.5D


次回は、ちょっと足を伸ばして向島百花園に立ち寄ってみます。
by sampo_katze | 2009-09-28 20:00 | 博物館・美術館 | Comments(0)


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