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世界遺産の社寺仏閣
D40で世界遺産めぐり in 鬼怒川編・第4回。


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「金箔寺」


ここからようやくシリーズ名にある「世界遺産」が登場します。
前回までは普通に国内の有名建築物でしたからね(^^;

ところで国内の世界遺産はどれくらいあるのかというと、文化遺産が11件で自然遺産が3件の計14件。
そのうち半数近くの5件が関西地方にあるんですね。
さすがは古都京都・奈良を擁する地方だけはあります。
ちなみに関東では栃木県日光市の「日光の社寺」の1件だけでした。
まぁ、おいそれと簡単に登録されるようでは無価値に等しくなっちゃいますけどね(笑)


表紙の写真は、いわずと知れた「鹿苑寺金閣」です。
観光写真などでよく見られるアングルは、向かって右側(画面の外)からですが
ここではそれとは反対側から撮っています。
ちなみに池の水は凍っていました(^^;

「足利義満が1397年(応永4年)に造営した山荘で、北山殿(きたやまどの)と呼ばれました。
 義満の死後、鹿苑寺として現在にいたっていますが、寝殿、会所など多数の殿所は荒廃、焼失してしまいました。
 金を張ったきらびやかな姿で"金閣"と呼ばれる建物は舎利殿(しゃりでん)です。
 しかしこれも1950年(昭和25年)に焼失し、現在のものは1955年(昭和30年)に再建したものです。」
(※)


相国寺・金閣寺・銀閣寺公式HP
鹿苑寺@Wiki
日本の世界遺産@Wiki








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「京の三閣」の2つ目、「慈照寺銀閣」です。
3つ目は西本願寺の「飛雲閣」だそう。
そういえば、ここ銀閣って行ったことないんですよね(^^;
京都はいつも人でいっぱいというイメージがあるので、なかなか足が向かないというのもありますが。

「足利将軍は本邸の他に景勝地を選んで山荘を営む例がありました。
 足利義政が将軍職を隠退後、1482年(文明14年)に着工し、東山殿(ひがしやまどの)と呼ばれました。
 義政の死後、東山殿は慈照寺となり、義満の"金閣"に対し"銀閣"と呼ばれています。」(※)



慈照寺@Wiki


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京都編の最後は「清水寺」です。
ほかにも二条城や京都御所、平等院鳳凰堂などがあるんですが、時間の都合で撮ってません(^^;

「清水寺は798年(延暦17年)、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の創立と伝えられています。
 現在の本堂は1633年(寛永10年)、徳川家光の再建で、江戸初期の代表的な和様建築となっています。
 この本堂は急な崖に建っているため、前面の舞台を長い柱で支えており、
 有名な"清水の舞台"は南側の崖に迫り出した部分です。」(※)


それにしてもなぜこんな急峻な崖のところに本堂を建てたんでしょうね。
また、江戸時代の再建の前はどんな本堂だったのかがちょっと興味があります。


音羽山清水寺公式HP
清水寺@Wiki


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舞台の足元をアップに。
木を巧みに組み合わせてできているんですね。
当時の木造建築技術の高さがうかがえます。


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続いて場所を奈良に移して「薬師寺」です。
1998年(平成10年)に「古都奈良の文化財」の一部として、後述の「春日大社」などとともに世界遺産に登録されています。

「薬師寺は天武天皇(てんむてんのう)が皇后の病気の回復を願って、680年(天武9年)に計画されました。
 しかし、造営事業は天皇の在位中には終わらず、皇后であった持統天皇(じとうてんのう)によって引きつがれ
 完成したのが7世紀の末期といわれています。
 創建当時の唯一の遺構である東塔は、一見六重にも見えますが三重の塔の裳階(もこし)をつけたもので
 美しく大小の屋根が重なり合っています。」(※)


天武天皇が没したのは686年(朱鳥元年)、完成したのは698年(文武天皇2年)とされています。
当時は藤原京に造営されましたが、平城京遷都に合わせて8世紀初め(718年?)現在の場所に移転されました。
手前の赤い塔は「西塔」で1528年(享禄元年)に戦災で焼失しましたが、1981年(昭和56年)に再建されたものです。


奈良薬師寺公式サイト
薬師寺@Wiki


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西塔とちょうど対称の位置に立つのが国宝にもなっている「東塔」です。
奈良時代に建てられたもので、高さは34.1m(頂点にある総輪を含む)もあります。
これでも江戸時代以前に立てられた仏塔の中では東寺、興福寺、醍醐寺(いずれも五重塔)に続き、日本で4番目の高さだそう。
三重塔に限定すれば日本一高いということになりますね(^^)

なお現地では2019年(平成31年)完了の予定で解体工事が始まっているそうです。
今年の秋くらいまでは足場のみで工事用の覆いをかけないため、外観を見ることは可能とのこと。
足場で囲われた仏塔を眺めるのも一興かもしれませんね。


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続いては「春日大社」です。
薬師寺や唐招提寺が奈良中心部より西にあるのに対し、こちらや東大寺は東にあります。
市街地に程近いのもこちらですね。

「春日大社は平城京の東、古くから神聖視されていた三笠山を祀るためにつくられたものがその前身とされています。
 また春日大社のような本殿形式は「春日づくり」と呼ばれ、全国に広く見られる本殿の形式です。」(※)


この中にある「三笠山」は「御蓋山」と書き、現在は「春日山」と呼ばれています。
またその北にある「若草山」は1935年(昭和10年)までは「三笠山」が正式名称でした。
「阿倍仲麻呂」が詠んだ有名な和歌「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」はどちらを指しているかというと
「春日山」の方を差しているんだそう。
う~~ん、ややこしい(--;

手前の門が正面入口にあたる「南門」、その奥が本殿への入口の「中門」です。
「中門」は高さ10mほどもある立派なものなので、本殿と勘違いされることもあるんだそう。
ちなみにここからでは本殿の様子は見えませんが、中門の奥に4棟並んで建っています。


春日大社公式HP
春日大社@Wiki
若草山@Wiki


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南門前の参道にはたくさんの参拝客が。
どうやら初詣の様子を再現しているようです。


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奈良の最後は「法隆寺」です。
1993年(平成5年)12月「姫路城」(文化遺産)、「白神山地」、「屋久島」(自然遺産)とともに
日本で最初の世界遺産に指定されました。

「法隆寺は飛鳥時代の仏教建築の代表的例で、特に金堂は世界最古の木造建築です。
 607年、聖徳太子によって創立されたといわれ、670年(天智9年)の火災の後に再建された
 中門、金堂、五重塔、回廊などが現存しています。」(※)



法隆寺公式HP
法隆寺@Wiki


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シンボル的存在の「五重塔」。
木造の塔としては日本どころか世界でも最古のもので、高さは31.5mだそう。


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今度は日本三景の1つである「安芸の宮島」の「厳島神社」です。
1996年(平成8年)12月に「原爆ドーム」(旧・広島県産業奨励館)とともに正解文化遺産に指定されました。

本殿を背景にして大鳥居全体を。
連絡船も大鳥居の近くを通って行きますが、この角度では撮れなかったような?
さらに水が凍っていますが、これは現実では起こりえないですね~(^^;


「厳島神社の創立は明らかではありませんが、平安時代の末期、1168年(仁安3年・じんあん)平清盛によって再興されたと伝えられています。
 その後、焼失や修築が繰り返され、現在の社殿は1571年(元亀2年)に建て替えられたものです。
 海浜の中に設けられた社殿であり、自然の美と人工の美がたくみに調和しています。」(※)


創立は593年(推古天皇元年)、厳島の豪族「佐伯鞍職」(さえきのくらもと)によるものと伝えられています。
また1571年の再興は「毛利元就」が大内家を滅亡させることになった1555年(弘治元年)「厳島の戦い」がきっかけ。
古くから信仰の対象であった島を戦場としたことを悔いた元就は、戦死者を対岸の大野に葬り
血に染まった土砂を入れ替え、回廊を新築したそう。


宮島観光公式サイト
厳島@Wiki


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本殿前から海に向かって伸びる「平舞台」
この先端からは海を背景にした大鳥居をほぼ真正面に見ることができます。
ど真ん中に大きな石灯籠があるのがちょっと難点でしょうか(^^;


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ちょっと引いて全景を。
こうしてみるとなかなか広いんだな~と。


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最後は大鳥居を含めた遠景を。
空の青が氷に写ってちょっと鮮やかな雰囲気になってくれました。


3、11、12枚目 D40+VR70-300mmF4.5-5.6G
ほかはすべて D40+DX18-55mmF3.5-5.6GⅡ

(※) ・・・ 案内板から引用。



次回から海外の世界遺産めぐりに出発です!
by sampo_katze | 2010-03-10 21:00 | 散歩 | Comments(0)


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