人気ブログランキング | 話題のタグを見る
赤坂のお社と日比谷公園近辺
地下鉄に沿って走ろう!東京メトロ千代田線編・第3回。


赤坂のお社と日比谷公園近辺_c0081462_2291941.jpg
「静かなるお社」


この日(7月31日です・^^;)は薄曇りの空だったんですが、蒸し暑い日でした。
「檜町公園」で一休みしたら、余計に動きたくなくなりました(笑)
でもまだろくろく走ってませんので、気を入れて先に進むことにします。

「ミッドタウン」のあるところは「千代田線」からは少し外れているので
線路に沿って走るなら北寄りに進みますが、ここはちょっと気分を変えて南寄りへ行き
ちょっと裏道を通って赤坂・溜池方面へと出ることにしました。


表紙の写真は、「ミッドタウン」の東にある「赤坂氷川神社」の境内です。
本殿側から正面入口の鳥居側を眺めたもので、うっそうと茂る木々に囲まれています。
ちなみに檜町公園からこちら方面へは、短いながらも結構な急坂が。
公園を出ていきなりこの坂を上がるのか?とちょっと後悔しました(^^;
このあたりは建物に隠れてわかりませんが、意外と高低差が大きいみたいですね。


氷川神社(東京都港区赤坂)@Wiki









赤坂のお社と日比谷公園近辺_c0081462_22132241.jpg
社殿を正面から撮ろうとしたんですが、空と社殿内部の明るさがあまりにも大きかったのでパス。
軒下の部分のみを切り取ってみました。
説明板にもありますが、装飾はたしかにずいぶんと簡略されていますね。


「この社殿は、本殿・幣殿・拝殿の三つの建物が一体となった、いわゆる権現造の形式です。
 江戸幕府の第八代将軍である徳川吉宗よって享保十五年(一七三〇)に建てられました。
吉宗は『享保の改革』と呼ばれる倹約政策をとったことで有名で、社殿にも当時の質実簡素な気風を見ることが出来ます。
通常は将軍の寄進するような社寺であれば、軒下の組物を何重にも重ねたり、彫刻や彩色などで飾り立てたりするのですが
この社殿の組物は簡素で、彫刻も目立ちません。
しかしただ簡素なだけではなく、大きな運形組物や吹寄せ垂木など軽快な意匠を取り入れる工夫も見られます。
また全体は朱漆塗としながら、部分的に黒漆塗や黒色金具を用いることで引き締まった印象となっています。」



赤坂のお社と日比谷公園近辺_c0081462_22133140.jpg
境内には「港区指定文化財」「天然記念物」の大イチョウがそびえます。
太い幹の大部分は「うろ」になっていますが、根元を見ると若い芽が次々と伸びていて
木の生命力ってすごいんだな~、と感心しました。

「目通り(地上一.五メートルの高さ)の幹径約二.四メートル、幹周約七.五メートルを測る推定樹齢四〇〇年の巨樹である。
 氷川神社の記録をはじめ記載された史料はないが、神社が現在の地に建立された
享保十五年(一七三〇)には、すでに一〇〇年を超える樹齢を有していたこととなり、
それ以前からこの地で生育していたと考えられる。
(中略)
 港区内に現存するイチョウでは最大である善福寺「逆さイチョウ」(国指定天然記念物)に次ぐ
大きさと樹齢を保っている貴重な樹木である。」



赤坂のお社と日比谷公園近辺_c0081462_22134149.jpg
その近くにはこんなものも。
「庖丁塚」(ほうちょうづか)です。
料理人たちが使い終わった包丁を感謝の気持ちを込めて供養するものですね。
わたしがこれを最初に見たのは、上野公園・不忍池にある「弁天堂」のそばでしたが
それこそ全国津々浦々にあるものと思われ。

「趣意
 そもこの地赤坂青山は、古くより庖丁の冴えに世人をして味覚の境地にあそばしむる店多しために、
 今日が日まで破れ損ないし刃物は和洋を問わず數多なり、
 そを情あつき人々相つどい組合設立二十五周年を期に、この因りの地氷川の神域に「庖丁塚」を建立、
 以ってとおしえに感謝の誠を奉げるなり」



ところで、ここは森の中ということもあってかやぶ蚊が多いです。
そのためあちこちくわれてカユイことカユイこと!(泣)
急いで脱出です!


赤坂のお社と日比谷公園近辺_c0081462_2214038.jpg
裏道をつらつらと走っていると、編みかごのような建物が。
手前には「赤坂溜池タワー」と刻まれた石碑があったのですが・・・・・。
あとで調べてみると、場所も外観もなんかちがうんです。
なんでだろ??(汗)


赤坂溜池タワー@BLUE STYLE COM



このあと、以前走った2路線(銀座・丸の内)で「日枝神社」「国会議事堂」区間は走っているのでそのままスルー。
今後、踏破路線が増えてくるとこんなシーンが増えてくると思いますが(^^;


赤坂のお社と日比谷公園近辺_c0081462_22144527.jpg
省庁が並び立つ通りを抜けて「日比谷公園」の南側へと抜けました。
公園の南東側にある噴水で「鷗」(かもめ)というタイトルがあります。
「淀井敏夫」1986年の作品。
「浮かぶ雲、海鳥たちの訪れ
 時の流れを告げる古い貝殻。」


赤坂のお社と日比谷公園近辺_c0081462_22155963.jpg
ちょっと角度は甘いけど、トンガリコーナーを持つ建物は「東京都立日比谷図書館」
周りを工事用の柵で囲まれていて、建物の見た目もちょっと・・・・・ということで取り壊し?
と思ったのですが、現在改装中で2011年春に開館するとのこと。


東京都立日比谷図書館@Wiki


赤坂のお社と日比谷公園近辺_c0081462_2216852.jpg
レンガ造り風の外観の「日比谷公会堂」
1929年(昭和4年)の開館とのことですが、建物が当時のままかというのはわかりません(^^;


ようこそ!日比谷公会堂・日比谷公園大音楽堂公式ホームページへ


赤坂のお社と日比谷公園近辺_c0081462_22161980.jpg
「千代田線」に沿って公園の南東側出入り口へ。
交番の裏手には大きな「烏帽子石」が置かれていました。

「この石は、江戸時代、江戸城外郭市ヶ谷御門の石垣の中にあったもので、
 形が烏帽子(昔、元服した男子のかぶりものの一種)に似ていたため、
 人々から烏帽子石と呼ばれて珍重されていたものです。
 明治時代、道路拡張に伴い石塁が取りこわされた際、長く保存するためこの公園に移されました。」



赤坂のお社と日比谷公園近辺_c0081462_22162983.jpg
今度は日比谷公園東側の道を北上します。
公園の北となりは「皇居外苑」で、その濠沿いに建つのが「東京會舘」
小さな縦長の窓がた~くさん並んでいて目を引きました。


東京會舘公式サイト


赤坂のお社と日比谷公園近辺_c0081462_22163933.jpg
最後は1934年(昭和9年)竣工の「明治生命館」です。
設計は「日本銀行小樽支店」「大阪市中央公会堂」などを手がけた「岡田信一郎」(1934年没後、没後、弟の捷五郎が引継ぎ完成)、
構造設計は「東京タワー」「通天閣(2代目)」を初めとするあらゆる塔の設計を手がけ「塔博士」とも呼ばれた「内藤多仲」(たちゅう)。
1997年(平成9年)に昭和の建物として初めて国の重要文化財に指定されました。


明治生命館@Wiki


赤坂のお社と日比谷公園近辺_c0081462_2216519.jpg
お濠沿いから側面を。
均整のとれた美しい外観ですね。
手前の道路に信号待ちのタクシーが並んだのが面白かったのですが、1台普通車がまぎれてしまったのがちょっと残念です(笑)


すべて D40+DX18-55mmF3.5-5.6GⅡ


次回は、皇居外苑にちょっと入ってみます。
by sampo_katze | 2010-10-02 22:15 | Brompton+地下鉄 | Comments(0)


<< 皇居外苑へ 表参道ヒルズから六本木へ >>