蜜蜂的九州周遊ポタ in 2012夏編・第10回
![]() 「みもすそ川公園」から「国道9号線」に沿って西に1kmほど進みます。 すると右手の丘の上に赤と白で彩られた「赤間神宮」があります。 ここは「源平合戦」の果て、幼くして亡くなった「安徳天皇」を祀った神社。 創建は「壇ノ浦の戦い」があった1185年(文治元年)から6年後の1191年(建久2年)のこと。 当時は「阿弥陀寺」という名の「勅願寺」でしたが、明治に入ってからの「神仏分離」によって「神社」に。 1940年(昭和15年)には現在の「赤間神宮」となりました。 境内には「壇ノ浦の戦い」で敗れた「平家一門」の14名の供養塔もあります。 また諸説あるようですが、ここは「耳なし芳一」の舞台となったところ。 作家「小泉八雲」が著作「怪談」の中で取り上げたことで有名になったんだそう。 そのため「芳一」の木像を安置した「芳一堂」も。 でもいずれも事前の調査不足のため、見ずに通り過ぎてしまいました。 ここを訪ねるのはこれで2回目なんですけどね~(^^; 表紙の写真は、「国道9号線」北側から見上げた「赤間神宮」の入口付近です。 右の「楼門」は「竜宮造」になっていて、ここのシンボル的存在になっています。 この門は「水天門」と呼ばれ1958年(昭和33年)に造られました。 赤間神宮公式サイト 赤間神宮@Wiki blogram ランキング参加中!よろしければクリックをお願いします。 「赤間神宮 寿永四(一一八五)年三月二十四日源平壇浦合戦に入水せられた御八歳なる御幼帝をまつる天皇社にして 下関の古名なる赤間関に因みて赤間神宮と宣下せらる 昭和二十年七月二日戦災に全焼せるも同四十年四月二十四日御復興を完成し 同五十年十月七日 寛仁親王殿下の台臨を仰いで御創立百年祭を斎行 同六十年五月二日 勅使御参向のもと高松宮同妃両殿下の台臨を仰ぎ御祭神八百年式年大祭の盛儀を巌修せり 水天門記 惟時昭和三十二年十一月七日大洋漁業副社長中部利三郎氏は卆先多額の御寄進に加へて曰く 即ち関門海底国道隧道の完成と下関市制七十周年大博覧会開催の秋 吾国未曾有の御由緒と関門の此の風光明媚とに鑑み水天門の建立こそ今日より急務なるはなしと 此処に昭憲皇太后より賜りし御歌の 今も猶 袖こそぬるれ わたつ海の 龍のみやこの みゆきおもへは に因みて龍宮造となし御造営し奉れは昭和三十三年四月七日 畏くも昭和天皇 香淳皇后両陛下 此の神門の御通初め御参拝を賜はり赤間神宮 並に安徳天皇阿弥陀寺陵に詣でてと題し給いて みなそこに しつみたまひし 遠つ祖を かなしとそ思ふ 書みるたひに の御製一首をも下し賜ひし空前の行幸啓に輝く水天門是なり」 ※案内板より引用、以下同じ ![]() 向こう岸は「九州」ですが、ほんとに近く感じます。 奥の山は「砂利山」かな? ![]() 「太平洋戦争」で焼失しており、現在のものは1965年(昭和40年)4月に再建されたものです。 階段の両脇にある狛犬 ![]() 背後の板には「日露戦役 旅順」云々の文字が読めますが、詳細はわかりません。 日露戦争@Wiki ![]() ここには通常は入ることができません。 中に張られた水の緑色が建物の朱色との鮮やかなコントラストを見せてくれました。 ![]() この背後、海沿いには大きなイカリのモニュメントが置かれていました。 説明も何もありませんでしたが、「壇ノ浦の戦い」で体にイカリを巻きつけて入水した「平知盛」へのオマージュなのかな。 平知盛@Wiki ![]() 営業時間は15:00までですが、このときすでに16:00過ぎ。 「ふく」を筆頭に新鮮な魚が食べられると期待していたんですが、残念な結果になってしまいましたorz その海側には「ふくのフクロ競り」の像がありました。 袋の中に手を突っ込んで値を伝えるという独特の競りですが、ほんと不思議な仕組みですね。 「馬関名物「ふくのフクロ競り」 市場に「エカエカーエカー」(「用意はいいか」「場を締めてもいいか」の意)の声が響く。 せり人の掛け声に合わせて、仲卸人は黒い袋の中に手を入れます。 せり人の指を握り提示額を示すのです。 下関独特の「フクロ競り」です。 せりは「闘い」の場ですが、下関の市場では闘いは手をつないで行われます。 「ふく」といえば下関、下関といえば「ふく」と言われるくらい全国にその名を知られる下関は、 「ふく」の水揚げ量日本一を誇ります。 まさしく街のシンボルは「ふく」であり、人々は「ふく」をこよなく愛しています。 まちにはいたるところに「ふく」があふれ、ユーモラスなしぐさと愛きょうのある顔で訪れる人を迎えてくれます。」 唐戸市場公式サイト ![]() ご覧の通り、改装(?)工事中でしたが。 「旧英国領事館 英国駐日公使アーネスト・サトーの進言により1901年(明治34年)に 全国で3番目の英国領事館が下関に開設されました。 この赤煉瓦づくり建物は、その後、1906年(明治39年)に建てられたもので 現在は市民ギャラリーとして利用されています。」 ![]() 1階で手続きをすれば、2階・3階の見学もできるそう。 屋上には木が生えていますが、これは「屋上庭園」があるため。 残念ながらこちらは一般には公開していないそうです。 「旧秋田商会ビル(観光情報センター) この建物は、1915年(大正4年)に海外貿易を主な業務にしている海運会社、 秋田商会の事務所兼住居として建てられたものです。 当時は、間近に海が迫り、屋上の塔屋は灯台の役目をしていました。 現在は観光情報センターとして、建物内部も公開しています。」 ![]() 「門司港レトロ地区」の「門司港レトロハイマート」に続き、本日2軒目の展望台です。 どちらもシックな外観。 「レトロハイマート」は比較的シンプルな外観で、四角がまっすぐ伸びていて屋上に「ヘリポート」の逆さ半月が乗っています。 対して「ゆめタワー」は、三角と四角が巧みに組み合わされて特徴的な外観をしています。 この写真ではわかりづらいですが、頂上は「展望室」となっている球体が乗っています。 海峡ゆめタワー ![]() そのフロアには階段もあり、そこには「744段 143.0m」の文字が! もしエレベータが止まったら?と考えると・・・・・(汗) ![]() これはその中の1つで、幕末の志士「坂本龍馬」が描いた海戦図です。 「坂本龍馬が描いた海戦図 土佐の坂本龍馬は、何度も下関を訪れています。 単に寄港地であったことだけでなく、当時の下関が国の将来を占う、重要な地点だったことが理由として挙げられます。 高杉晋作と坂本龍馬は、下関で何度か会い、高杉の贈った拳銃によって、龍馬が京都伏見の寺田屋で、 命拾いをしたこともあります。 この絵は、長州藩と幕府軍との戦いで、高杉とともに軍艦に乗って参戦した坂本龍馬が描き、 土佐の兄に手紙を添えて贈ったものです。 下方が下関、上方が門司、右端に巌流島も描かれています。」 ![]() こちらは「関門橋」と「海響館」。 「海響館」は水族館好きとしてはぜひ訪ねたかったところですが、訪ねるならやはり朝一からでないと(^^; ということで、ぜひ次回は! 下関市立しものせき水族館「海響館」 ![]() やはり背の高い「ハイマート」(左端)と特徴的な建物の「海峡ドラマシップ」(右端)は目立ちます。 海峡ドラマシップ ![]() 岸壁には大型客船が停泊していました。 「下関港国際ターミナル 昭和63年(1988年)3月に完成した下関港国際ターミナルは、海と客船をイメージした建物です。 この国際ターミナルは、税関・入出国・検疫の施設などを完備した日本で最初の外国航路用旅客ターミナルです。 現在では、下関港~釜山港(韓国)間を関釜フェリーが運航し、 下関港~青島港(中国)間をオリエントフェリーが運航しています。」 下関市港湾局 下関港@Wiki ![]() いわずと知れた「佐々木小次郎」と「宮本武蔵」が決闘を行なった場所ですね。 現在は無人島ですが、なぜか「タヌキ」が住みついているらしいです(^^; 「巌流島 負け知らずといわれた二刀流の達人・宮本武蔵、そして秘剣「燕返し」で名声を集めた佐々木小次郎。 吉川英治、村上元三、司馬遼太郎など数々の小説に描かれ一躍有名になった当代の剣豪2名が、 小倉と下関の間に浮かぶ舟島で雌雄を決したのは慶長17年(1612年)4月13日のこと。 白い砂浜、打ち寄せる波、周囲にめまぐるしく変わる関門の潮流をたたえるこの島には ドラマチックな「決闘のロマン」を感じることが出来ます。 現在一般に知られている「巌流島」の名は戦いに敗れた佐々木小次郎の号"巌流"に由来しています。 明治時代以降、数度の埋め立てが行われ現在の面積は対決当時の約6倍(10万㎡)周囲1.6キロで、 島に作られた人工海浜に決闘の砂浜が再現され『巌流憩いの広場』も整備されています。 例年ゴールデンウィーク中には巌流フェスティバルなども開かれています。」 巌流島@Wiki この後、タワーから「下関駅」に直行。 そのまま輪行して「小倉駅」へと戻りました。 本当はもう少し見て回りたかったんですけど、あまりの暑さに負けました・・・・・(^^; 今回のルート(走行距離:30.5km) ![]() ここはおとなしく輪行移動がよかったかもしれません。 ただ、自走したおかげで「門司駅」の近くで「門司赤煉瓦プレイス」なる場所を見つけられたのは収穫でした(^^) 「関門トンネル」ではすぐにトンネルに入ってしまいましたが、次回は「門司」側にある「和布刈公園」にも立ち寄ってみたいところです。 「下関」側は道幅が比較的広く、走りやすかったです。 足を伸ばして東の「長府地区」や西の「南風泊市場」(はえどまり)あたりもめぐりたいですね。 海峡をはさんで両方をめぐるのはちょっと大変なので、2回に分けた方がよさそうですが(笑) 18枚目 PC画面キャプチャ ほかはすべて D700+24-120mmF4G/VR 次回は4日目、熊本市の南方から天草五橋へと向います。
by sampo_katze
| 2012-09-25 21:00
| Brompton+九州
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