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Day5-2 伝えるべき災害の記録~雲仙普賢岳の噴火
蜜蜂的九州周遊ポタ in 2012夏編・第15回


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「復興のシンボルの1つ」


「島原」で忘れてはならないものの1つに「雲仙普賢岳」(うんぜんふげんだけ)の噴火があります。
1990年(平成2年)11月に小規模な噴火が始まり、翌1991年(同3年)6月3日には大規模な「火砕流」が発生。
死者行方不明者43名、負傷者9名を出す惨事になりました。
この様子は当時ニュースなどで流れ続けていたので、ご覧になっていた方も多いかと思います。
これは同時に「火砕流」を鮮明な映像としてとらえられた世界で初めての事象ともなりました。

噴火の収束は5年後の1995年(同7年)4月。
流入した土砂は沿岸に運び出されて埋め立てられ、その土地には「平成町」という名がつけられています。
その場所には「サムライブルー」「坂本龍馬」が立つ「島原復興アリーナ」、そして今回訪ねる「雲仙岳災害記念館」が造られました。


表紙の写真は、「島原復興アリーナ」の「メインアリーナ」「サッカーグランド」です。
ここは2000年(同12年)7月にオープンしました。
夏の日差しが照りつける中でもボールを追いかける少年たち。
タフだな~(^^)


雲仙観光協会オフィシャルサイト
島原半島ジオパーク


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「サッカーグラウンド」の南東側に置かれている「輸送ヘリコプター」「装甲車」
「普賢岳噴火」の際に使われていた機材だそう。
この後ろには「島原市消防団 消防殉職者慰霊碑」が立っています。

「雲仙普賢岳噴火災害従事装備について
 平成3年6月3日午後4時8分の大火砕流に始まる雲仙普賢岳噴火災害に際して、自衛隊は直ちに出動、
 1658日間という長期にわたり、警戒監視活動、捜索、輸送、遺家族視察支援、各種学術偵察支援などに活躍し、
 平成7年12月16日に撤収しました。
 島原市民は、「安心と勇気をありがとう」の言葉で自衛隊を見送りました。
 共に困難で危険な職務に従事した島原市消防団の消防殉職者慰霊碑前において、
 今は静かになった平成新山に向かい合う姿で展示し、この活躍を長く伝えようとするものです。

 輸送ヘリコプター(V-107A)
 ・諸元(ローター部を含む。)
  全長13.59m(25.40m)  全幅5.02m(15.24m)  全高5.15m  全備重量9.70t
  このヘリコプターは、災害時に従事したものである。

 60式装甲車
 ・諸元
  全長4.85m  全幅2.40m  全高1.70m  全備重量11.80t
  この装甲車は、災害時に従事したものと同型の車両である。

 ・災害派遣期間
  通算1658日は最長記録、第2位は阪神淡路大震災の101日
 ・平成3年6月3日  午後9時派遣到着
 ・平成7年12月16日 撤収
 ・動員数 延べ207,225人(最大時1,200人体制)、車両67,843台、航空機5,999機」



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アリーナの南側にある「雲仙岳災害記念館」へ。
この地方の言葉で「がんばる」を意味する言葉を冠した「がまだすドーム」の通称で親しまれています。
入口を入ると「アトリウム」になっていて、周辺の観光や「ジオパーク」についての情報などを展示しています。
「ミュージアムショップ」「カフェ」も併設されていますよ。
せっかくなので中央にある受付で入場券(1000円)を購入して「展示室」へと進みます。


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内部の様子。
展示内容は「普賢岳」に関するものだけでなく、一般的な「火山」についての説明などもあってかなり充実しています。
写真中央には巨大な飛び出す絵本があったりと、展示方法も工夫が凝らされていて楽しいですよ(^^)
ほかにも時速100kmにもおよぶという「火砕流」の速度を視覚体験できるコーナー、
巨大スクリーンに映し出され音や揺れ、温風吹き出しなどの体感までできる「平成大噴火シアター」も見物です。

詳しくは公式サイトでどうぞ☆
雲仙岳災害記念館


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そして圧巻は火砕流被害の現場を再現したエリア。
展示されているのは実際に「火砕流」で被災した実物だそうです。


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「耐火服」に身を包んだ隊員。
その傍らにはなぎ倒された電柱や電線が。
このほかにも自転車や電話ボックスなどが置かれており、生々しい被害の状況をうかがい知ることができます。


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こちらは被災した機材。
右が「800mmF5.6」、左が「400mmF2.8」のいずれも「ニコン」の望遠レンズです。
レンズに取りつけられた三脚はアルミ製なのでしょうか。
いずれもほぼ原型をとどめているのは、あるいはそれほど高温にさらされなかったためでしょうか。

「火砕流被災撮影機材
 平成3年の大火砕流を最後まで見つめていた撮影機材。
 報道関係者が火砕流の撮影ポイントとしていた北上木場町の高台付近で、14年ぶりに発見された。
 正面向かって右から
  カメラ用望遠800mmレンズ及び三脚(読売新聞)
  カメラ用望遠400mmレンズ及び三脚(毎日新聞)
  カメラ用三脚(日本テレビ)
  ※カメラ本体は2Fに展示してあります。

 被災日 :平成 3年 6月 3日
 採取日 :平成17年 6月22日
 被災場所:島原市北上木場町」


Ai Nikkor ED 800mm F5.6S(IF)
Ai Nikkor ED 400mm F2.8S(IF)
いずれも@ニコンイメージング


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こちらはカーボン製の三脚。
高熱のため、繊維がバラバラになってしまっています。
これに取りつけられていたカメラも同時に見つかり内部のテープの取り出されました。
その映像を基にしたドキュメンタリーが館内2階で流されているため、閲覧することが可能です。


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施設内にある展望台に上がります。
右が「眉山」、左の雲にすっぽりと覆われてしまっているのが「普賢岳」です。


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「災害記念館」を後にして「道の駅 みずなし本陣ふかえ」へ。
ここで昼ご飯にします。
ご当地の郷土料理「具雑煮」に名産の「手延素麺」をあわせた「具雑煮穴子そうめん」をオーダー。
「穴子」は好きなんですが、「つめ」と呼ばれるタレの味に慣れているためかちょっと物足りなかったです。
これならそうめん単品のほうがよかったかな?とも(^^;

余談ですが、この地方は「そうめん」の生産量が全国2位なんだそうです。
ついでにいうと1位は「揖保の糸」の商品名で知られる「兵庫県」「播州素麺」とのこと。

「島原郷土料理 具雑煮
 島原の乱の籠城軍が、農民たちにもちを兵糧として貯えさせ
 いろいろな具材を入れ雑煮を炊いたのが起源とされている料理です。

 島原新名物 具雑煮穴子そうめん
 島原名物具雑煮と手延べ素麺に大きな穴子をのせた贅沢なお鍋です。」


道の駅みずなし本陣
島原南部手延素麺協同組合
素麺@Wiki


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さて道の駅を出て「島原市街」へと戻ります。
途中「水無川」に架かる橋から山の方を眺めてみたものの、もやっていて見えません。
その雰囲気から、その原因はにわか雨のようです。
もしこちらに来るようなら、また道の駅や「がまだすドーム」に戻って雨宿りしないとならないんですが(^^;


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川の北側にある「導流堤」に架かる橋へ移動。
しばらくするとうっすらとですが、その姿を見せてくれました!
でもこれ以上雲が晴れることはなく・・・・・う~ん(-"-;
待ってもラチが開かないようなので、あきらめて先に進むことに。


すべて D700+24-120mmF4G/VR


次回は、島原の城下をめぐります。
by sampo_katze | 2012-10-07 21:30 | Brompton+九州 | Comments(0)


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