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沖縄Day3-3・勝連城跡
沖縄本島ドライブ&ポタリング編・第12回


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「勝連城跡の模型」


次の目的地は「勝連城跡」(かつれんじょうあと)です。
ここは「世界遺産」に登録されている城跡の中でぜひとも訪ねたかったところ。
写真を見たとき、以前「東武ワールドスクウェア」で見た「ドーバー城」とちょっとイメージが似ていたので。

「勝連城跡」は、「海中道路」の西口から「県道10号線」「同16号線」を経由して3kmほど。
自転車でも行こうと思えば行ける距離ですが、駐車場に置いたレンタカーはどうするんだ?ということで車で移動します(^^;

「勝連城跡」の駐車場は、城跡とは道を挟んで向かい側にあります。
「勝連城跡休憩所」も併設され資料の展示なども行っているので、城跡に行く前に立ち寄っておくといいかも。
また、信号のそばにある売店では見学者用に「サンダル」の貸し出し(?)も行なっているようです。
「ハイヒールの方へ 歩行用のサンダル有ります 無料」と書かれていましたので。


表紙の写真は、休憩所のそばにある「勝連城」の模型です。
これを見るとかなりの高低差があることがわかりますね。
広さも上層になるほど狭くなっていて、なんだかRPGのラストダンジョンのようにも見えます(^^;

「国指定史跡 勝連城跡
 勝連城は、阿麻和利(あまわり)の居城として知られ、その前の城主は茂知附安司(もちづきあんじ)であったと伝えられている。
 一四五八年、中城城主の護佐丸(ごさまる)を滅ぼした阿麻和利は、その勢いで首里城を攻めたが大敗し、
 その後、城は廃城になったといわれている。
 城跡は、一種の梯郭(ていかく)式山城で、一の郭・二の郭・三の郭・四の郭・東郭からなり、
 四方に琉球石灰岩の切石の石垣をめぐらしている。
 発掘調査の結果、一の郭に規模不明の瓦葺建物跡、二の郭に礎石を有する殿舎跡が確認されている。
 また、城内からは多量の輸入陶磁器をはじめ武器や武具、古銭などが出土し、なかでも優れた元様式の青"?"磁などから
 当時の繁栄ぶりをしのぶことができる。」

※説明板より引用、"?"は判読不能

勝連城跡公式HP
勝連城@Wiki

「ワールドスクウェア」での「ドーバー城」の記事はこちら
2010年3月26日の記事 紳士の国・大英帝国


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「勝連城跡の立地
 城は、勝連半島(かつれんはんとう)のつけねに立地する標高60~100mの丘陵上に築かれています。
 崖地形が巧みに利用され、曲輪(くるわ)の配置は、北西側の一の曲輪から各平場が階段状に低くなり、
 南東側の東の曲輪で再び高くなります。
 最も高い一の曲輪に上ると、北方向は金武湾(きんわん)を囲む北部の山々や太平洋の島々が望まれ、
 南方向は知念半島(ちねんはんとう)や中城湾(なかぐすくわん)、それを隔てて護佐丸(ごさまる)の居城である
 中城城が一望できる景勝地になっています。
 城の南側はかつて南風原(はえばる)集落(南風原古島(ふるじま)遺跡)が展開して、
 海岸には海外貿易の拠点となった港がありました。
 一方、城の北側は、かつては湿地帯であり、城の財政を支える水田などの農地が広がっていました。」



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東側からの眺め。
小高い山の上に優美な曲線を描く石垣が並びます。
駐車場からここまでだけでも結構上っていますが、見えているのは下層部なのでまだまだ先は長いですが(^^;


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海側の南角にせり出す「三の曲輪」の石垣。
見張り台のような役割もしていたんでしょうか。


階段を上がって「三の曲輪」に出ます。
ここまでの階段は大きくカーブしながらゆるやかに上っているのでラクですよ。

「三の曲輪
 三の曲輪ではこれまでの調査の結果、時代の移り変わりの様子がわかりました。
 古い時代は掘立柱(ほったてばしら)の建物が建ちならび、表面に粘土を貼ったすり鉢状の遺構も中央部で見つかっています。
 これは水を貯める施設ではないかと考えられています。
 新しい時代になるとこの三の曲輪全体が二の曲輪に建っていた殿舎(でんしゃ)建物と一対をなし、
 儀式などを執り行う広場に変わっていきました。
 その後、城が滅んでからは祭祀の場として使用され、中央西側に「肝高の御嶽」(チムダカノウタキ)。
 その近くに神人(カミンチュ)たちが祭祀の際に休憩する「トゥヌムトゥ」と呼ばれる石列などが遺されています。」



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続いて「二の曲輪」へ。
ここには建物の跡が残っています。

「二の曲輪
 二の曲輪では、正面約17m、奥行き約14.5mの大きな殿舎跡が発見されました。
 この建物は城の中で最も重要な建物であったと考えられています。
 礎石のあるしっかりした建物で、屋根は板または草葺きであったと考えられていますが、
 周辺からは大和系瓦も発見されることから一部瓦葺きだった可能性もあります。
 また、建物の四隅には長方形の石灰岩による石積みが発見されています。
 この石積みは、建物と同時にあったと考えられていますが、機能についてはわかっていません。
 また、二の曲輪の西側には地元で「火の神」(ヒヌカン)と呼ばれている場所があります。」



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次の「一の曲輪」へ至る道。
「二の曲輪」までは比較的整備された道でしたが、ここから先はご覧のように荒れた坂道を上って行くことになります。
手すりなどはないので、慎重に上っていきましょう。
雨上がりなどは特に滑りやすくなりますからね。


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上り返し。
手すり代わりになりそうな右の岩はかなりゴツゴツしているので、手をケガしないように注意!
最後にほんの少しだけちゃんとした階段がありますけどね(^^;
ここを上りきれば最上層です。


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「一の曲輪」から西方向を眺めます。
巨大な埋立地が広がっていました。
奥の方は工場らしき建物が見えますが、手前の方は更地のままのようですね。

「一の曲輪の概要
 一の曲輪は、1965(昭和40)年から数回にわたって発掘調査が行われ、いろいろなことがわかりました。
 岩盤をけずって平坦にするなど大がかりな土木工事を行い、瓦ぶきの建物があったことがわかっています。
 多くのグスクの中で瓦ぶきの建物があったのは、現在のところ勝連城のほかには首里城、浦添城だけです。
 出入口の門付近から唐草様(からくさよう)の浮き彫りのついたアーチ石の一部が発見されており、
 装飾を施した豪壮なアーチ門であった可能性があります。」



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石垣の上にとまっていた鳥。
初見なんですが、これなんでしょう??
120mmではぜんぜん足りないので、原寸トリミングしてあります。


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北東側に回ると先ほど走ってきた「海中道路」が見えます。
また左に見える島が「平安座島」(へんざじま)で、右が「浜比嘉島」(はまひがじま)です。


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「三の曲輪」から下りるところで南西の方を眺めると、石垣と青い草のコントラストが美しい☆
その向こうには「中城湾」(なかぐすくわん)が広がります。
残念ながら逆光気味なので海が白っぽくなってしまいましたが、午前中ならかなりきれいな景色が見られそうですね(^^)


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「勝連城」を後にして昼ご飯へ。
当てにしていたお店は閉店していたので、急遽車内で調べて「本家 亀そば」の「北中店」へ。

本家 亀そば
亀そば北中店@食べログ


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箸袋にはこんなコメントが。
なんだか縁起がいい感じ~?

メニューはご飯系も何点かあるので、さらにがっつり食べたいときにも向いてそう。
「オリオンビール」も置いてありましたが、運転しないとはいえここは我慢です(笑)


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オーダーしたのは「三枚肉そば」
肉は柔らかくてジューシー☆
味付けも好みで、今回の旅の中では1番のお気に入りでした(^¬^)


すべて D700+24-120mmF4G/VR


次回は、3つ目のグスクの中城城を訪ねます。
by sampo_katze | 2013-02-01 21:00 | Brompton+沖縄 | Comments(0)


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