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小牧駅から小牧山城跡へ
小牧出張のオフタイム in 空港&城・後編


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「駅前駐輪場は満車です!」


「名古屋空港」のターミナル内で昼ごはんを食べたら、12時半前。
次の「勝川駅」行きのバスは12:38発で、その次は14:08発までありません。
また困ったことに、この間は離発着する便は各1本しかないため間が持ちません。
ちょっと急いでバス乗り場に行き、「小牧駅」へと移動することにしました。
バスを途中の「味美ふれあいセンター」(あじよし)で下車し、そこから北に歩いて3分の「味美駅」へ。
そこから「名鉄小牧線」に乗って5駅10分で到着します。

その時点で13時過ぎなので、チェックインするにはまだ早い過ぎます。
そこで駅から西にある「小牧城」へと足を運ぶことにしました。
正確には1967年(昭和42年)に建てられた「小牧市歴史館」ですが。


表紙の写真は、「味美駅」の駅前の様子です。
駅前の「駐輪場」にたくさんの自転車が置かれていて、なかなか壮観な眺めでした。
これを撮ったときは、あまりの多さに「放置自転車」?って思ってました(汗)
よく見れば、整然と置かれているのでその線はないですよね。
大変失礼いたしました。

改札口へのアクセスは西側から階段を上がって2階にありますが、東側にはありません。
エレベーターなどもないのでちょっと不便ですね(^^;
今回は大きな荷物は宿に送っていたのでよかったですが。


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「小牧駅」は地下にホームがあります。
で、地上に出るとこの看板が目に入りました。
「戦国時代の三英傑」と呼ばれる3人、「織田信長」「豊臣秀吉」「徳川家康」が描かれています。
いずれもこの「小牧」の地にゆかりがあるんですね。

「ようこそ!戦国時代の三英傑が駆け抜けた地 小牧へ
 小牧市は愛知が生んだ戦国時代の三英傑、織田信長公・豊臣秀吉公・徳川家康公とゆかりのある地です。
 国指定の史跡である小牧山は、信長公が小牧山城を築き、家来であった秀吉公も、小牧山城内を駆け巡ったと想像されます。
 また、小牧・長久手の合戦の際には、家康公が信長公の小牧山城跡を大規模に改修して陣城とし、
 犬山方面から南下する秀吉軍と対峙したことでも有名です。
 小牧市内には小牧山城をはじめ、小牧・長久手の合戦の砦跡が数多く点在します。
 ぜひ、強度が誇る三英傑の気分になって当時を想像しながら、市内散策をお楽しみください。」

※説明板より引用、以下同じ


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駅前から「小牧山城」までの道すがら、「信長公 夢・チャレンジ街道」というものがありました。
これをたどっていくと城まで行けるようです。
でもここに全部載ってるんですよね、実は(^^;

「信長公 夢・チャレンジ街道
 戦国の乱世にあって、前例にとらわれることなく、常に新しい道を切り開いていった織田信長公は、
 この小牧の地で天下統一への夢にむかってスタートを切りました。
 そこで、名鉄小牧駅から小牧山城へと向かう歩道を「信長公夢・チャレンジ街道」と名づけ、
 路面標示シートにより信長公が誕生してから小牧山に城を築くまでの出来事やエピソードを
 イラストとともに表示しました。
 信長公が描いた夢や、新たな取り組みにチャレンジする気持ちに思いをめぐらせながら、
 小牧山城までの散策をお楽しみください。」



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「振り出し」のコマ。
ここから「あがり」まで、全部で16コマあります。
幸い?戻るコマはないので安心です。
このあとの15個は長くなるので省略。


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「マンホール」のふた。
飛行機と城はわかりますが、魚と桃の由来がわかりません。
周囲の花は「市の花」「つつじ」です。


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駅から歩いて約20分で「小牧山城」のふもとに到着。
頂上の標高は86mで、ここからの道のりは約650mあります。
この看板の右上に「登り坂つづく」の文字が不安をあおりますね(^^;


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暑かったのでしんどかったですが、ようやく山頂へ到着。
「天守閣」風の建物が「小牧市歴史館」です。
入館料は100円。
館内にはいろいろな資料が展示されていますが、撮影はできないので省略します。

「史跡 小牧山  昭和2年10月26日国指定
 市街地の西に位置し、標高85.9m、総面積約21haの小牧山は、尾張平野の中に孤高する眺望の地である。
 永禄6年(1563)、小牧山に初めて城を築いた織田信長は、清須から居城を移し、南麓に計画的な城下町を形成した。
 しかし、永禄10年に美濃の斎藤氏を攻略した信長は、稲葉山城(岐阜城)へと移ったため、小牧山城は在城わずか4年で廃城となった。
  その後、本能寺の変で没した信長の後継者争いに起因する小牧・長久手の合戦では、羽柴秀吉軍に対する織田信雄(のぶかつ)・
 徳川家康連合軍の主陣地が置かれ、信長の城跡に大規模な改修を加え、陣城とした。
 江戸時代には、尾張徳川家の管理下で一般の入山禁止など保護がなされたため、遺構の保存状態は良好で、
 昭和2年には国の史跡に指定された。
  東麓にあった小牧中学校の移転に伴い、平成10年から発掘調査が始められ、織田信長の城であった当時は、
 堀で区画された武家屋敷が立ち並んでいたこと、小牧・長久手の合戦時には、これらの屋敷跡を一部踏襲して
 堀や二重の土塁で囲まれた帯曲輪(おびくるわ)を築造したほか、深い堀を配した虎口(こぐち)を設けるなど、
 厳重な防御がなされていたことが明らかになった。
  これらの成果をもとに、平成13年から遺構復元等の史跡整備が進められ、平成16年4月から史跡公園として公開されている。」



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そして最上層の4階へ。
ここは展望台になっています。
ややもやってはいましたが眺めはなかなかで、風も心地よかったですね。
これは北西方向の眺めで、右に見えるのは「尾張三山」
画面中央奥には「岐阜県」「長野県」にまたがる「御嶽山」(おんたけさん)が見えます。


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南の方を見ると広大な緑地が見えます。
実はここは「名古屋空港」で、ちょうど離陸する飛行機を見ることができました。
定刻14:35発「花巻空港」行きの「FDA355便」です。
望遠ズームがあれば結構大きく撮れたと思うんですが、120mmでは豆粒程度にしかならず。
それを見ると機体が青っぽく見えたのでライトブルーの「JA02FJ」かと思ったんですが、シルバーの「JA10FJ」でした。
どうやら空の色が映り込んで青っぽく見えたようです。


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そこから少し右手、西の方に目を向けると高層ビル群が遠くに見えます。
ここが「名古屋駅」周辺です。


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「展望台」に置かれていた3枚の「顔はめパネル」
「三英傑」そろい踏みですね。


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帰りは反対の南側へと下りていきます。
ふもとまで来ると「県道197号線」が通っていて、「小牧市役所前」のバス停があります。
3つも並んでいたので思わず撮ってしまいました。


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そこから駅の方に少し歩くとこんな看板が。
「続 日本100名城 選出」って、そんなものもあったんだ?とオドロキ。
調べてみると今年の4月6日=「城の日」に発表されたばかりなんだそう。

その右には「力士」をモチーフにしたキャラが描かれています。
2015年に誕生した「小牧市」の新しいキャラで名前は「こまき山」といいます。
口ぐせは「力士」らしく「どすこまきっ!!」
「大銀杏」は城、「化粧まわし」にはここでは見えませんが飛行機や「名古屋コーチン」などが描かれています。
この手のキャラはかわいい系が多いので、このような力強いタイプはめずらしいですね。


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この日は暑かったので、城から戻って早めのチェックイン。
宿の窓からは「小牧山」が正面に見えました。


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19時少し前、きれいな夕焼けになっていました。
今思えば、何でこれを「iPhone5S」でなく「D700」で撮らなかったんだろう?と(^^;


1~6、12、13、15枚目 iPhone5S
7~11、14枚目 D700+24-120mmF4G/VR


次回からは新シリーズ、東山動植物園編です。

by sampo_katze | 2017-10-13 21:00 | 東海・中部 | Comments(0)


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