函館朝市でランチと伝統的建造物めぐり
夏の函館~青森訪問2017編・第3回


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「こじんまりとしていて目立たない碑」


「摩周丸」を出るとちょうどお昼どき。
朝ごはんは少し遅めでしたが、それほど重くなかったので「朝市」に向かうことにしました。
ただ、どこで食べるかなどはまったく考えておらずその場で探すことに(^^;
いつもなら事前にある程度下調べくらいはしてくるんですが、「スマホ」などでいろいろ調べることができるのでいいかと。
まぁ、自分の感覚でえいやで飛び込んでみてもいいんですけどね。


表紙の写真は、「函館朝市ひろば」の片隅にある「函館朝市発祥の地」の石碑です。
小さくて目立たないので見過ごしてしまいそうですね。
おまけに歴史や概要などの説明もなかったのがちょっと残念かな?(^^;

「函館朝市」は戦後間もない1945年(昭和20年)、近隣の農家が駅前の広場で野菜の立ち売りをしたのがはじまりとされています。
その後は露店~野天市場と営業形態の変更や移転を行い、1956年(同31年)市所有地だったこの場所に移転しました。
1962年(同37年)には「渡島蔬菜農業協同組合ドーム」が完成。
2013年に老朽化により取り壊され、翌2014年4月にその跡地に新たな施設として「函館朝市ひろば」ができました。

函館朝市オフィシャルサイト


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「摩周丸」の横にある「イカ広場」側の道路沿いに「あさいっちゃん」がいました。
これは2005年(平成17年)に誕生した「函館朝市協同組合連合会」のキャラクターです。
「連合会」が推奨するお店には「あさいっちゃん」の丸いステッカーがあるとのこと。


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で、昼ごはんは「どんぶり横丁」にある「朝市の味処 茶夢」(ちゃむ)を訪ねます。
「喫茶店」のような名前ですが、店主は「北海道」最南端の「松前町」で漁師をしていたとのこと。
その目利きは確かで、新鮮な魚介を仕入れて提供してくれるんだそう。
もちろん「あさいっちゃん」がいますよ。

函館朝市どんぶり横丁


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入口のフロアマットには「マグロ」が描かれています。
「函館」といえば「戸井」(とい)産が有名ですね。


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黒板メニューには本日のおすすめとして「5色丼」が出ていました。
「具材のとりかえ相談OK!」はうれしいポイントかも?


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「前菜」として「たこ刺し」をオーダー。
内地では「マダコ」ですが、こちらでは「ミズダコ」の方が一般的です。
その名の通り水っぽいと言われますが、こちらで頂いたのはそれほどには感じられず。
肉質は柔らかくておいしかったですよ。


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メインはもちろん「5色丼」を、具材は変更せずそのままで。
「丼」に「味噌汁」「漬物」に加え、小鉢が添えられた豪華版!
おトク感と満足感でいっぱいになりました(^^)



食事のあとは「朝市ひろば」のお店で海産物のおみやげをいくつか購入し、発送の手続きを取ります。
基本的に冷蔵か冷凍かになりますし、さらにこの後「青森」に移動すので持ち帰りはできませんからね。
そして移動する夕方までまだ時間があるので、市内にある「伝統的建造物群保存地区」をめぐることにしました。
これも現地で調べて見つけたもので、我ながらもう少し調べておくべきだったとちょっと反省。


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外に出ると太陽に「暈」(かさ)がかかっていました。
青空になったのはうれしいですが、「暈」がかかると天気が悪くなるとよくいわれるのでちょっと心配に。
でも、幸い今回は降りませんでした。


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海沿いに南へ歩くこと10分ほど、「函館市水産物地方卸売市場」を過ぎると左手にレンガ造りの建物が見えてきます。
これは「BAYはこだて」と呼ばれる複合施設で、1909年(明治42年)に建てられた倉庫を利用しています。
この写真は運河にかかる「七財橋」(しちざいばし)の上から撮ったもの。
橋は運河とともに1884年(同17年)に造られたんだとか。

橋の上から眺めていると1隻の船が通っていきました。
これは「金森ベイクルーズ」の船で、「函館湾」を約15分で周遊するそう。
こちらを利用すれば海側からも「摩周丸」を見ることができそうですね。


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「七財橋」の上から南の方に目を向けると「函館山」をバックに「金森赤レンガ倉庫」が見えます。
ド定番の1枚ですね(^^;
「日暈」が出ているだけにちょっともやってる感じですが。

倉庫は5棟並んでいて、手前から順に1号から5号となっています。
1号倉庫の壁には「日本最初の気候測量所跡」の説明がありました。
1872年(明治5年)から1879年(同12年)までこの地にあったようですね。

「函館港と倉庫群
 安政元年(1854年)4月、米国のペリー提督が5隻の艦船を率いてこの港に姿を現し、箱館の住民を大いに驚かせたが、
 ペリー著「日本遠征記」に"世界の最良港の一つ"と記されているように、船が出入りしやすく、
 安全な港として国際的に名を知られた港である。
 函館港は、北海道の玄関口であるばかりでなく、安政6年(1859年)長崎、横浜とともに日本最初の貿易港として開港され、
 欧米文化が上陸した港である。
 また、江戸時代後期に高田屋嘉兵衛が国後(くなしり)、択捉(えとろふ)両島の漁場を開拓して以来、
 北洋漁業の根拠地として発達した港でもある。
 この赤レンガの金森倉庫は、明治40年(1907年)頃の建築。レンガを2枚半の厚さに積み上げた外壁、木骨の柱で、
 函館港の歴史を語り継ぐシンボル的存在であり、時折り、テレビ、映画のロケーションの場になっている。」

「日本最初の気候測量所跡
 この辺りは、新島襄の海外渡航を助けた福士成豊(ふくしなりとよ 日本で最初に西洋型の船を造った続豊治(つづきとよじ)の次男)が
 明治5年(1872年)ブラキストンの機械を譲り受け、日本で最初の気象観測をする「函館気候測量所」を開設したところである。」

※説明板より引用、以下同じ


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先の説明にも出てきた「高田屋嘉兵衛」にまつわる資料などを展示している「箱館高田屋嘉兵衛資料館」
手前の黒い屋根が1号館で1903年(明治36年)に、右隣の白っぽい屋根が2号館で1923年(大正12年)に建てられたものです。
残念ながらこの日、木曜日は閉館日で見学することはできませんでした。

「高田屋嘉兵衛
 江戸時代末期の豪商、回漕業者、高田屋嘉兵衛は明和6年(1769年)淡路島に生れた。
 28才のとき、北前船「辰悦丸」で箱館(函館)に来航、以後、箱館を本拠地として北洋漁業の開拓、
 本州各地との交易の発展に尽力した。幕府はその功績を認め寛政12年(1800年)嘉兵衛に名字帯刀を許した。
 当時の寒村箱館が港として発展できたのは嘉兵衛の力によるところが大きい。
 さらに嘉兵衛は、いわゆるゴローニン事件解決の立役者であった。1811年ロシアの海軍将官ゴローニンが
 北方領土侵犯の疑いにより捕えられたとき、ロシアは報復としてエトロフ島回航中の嘉兵衛を捕え投獄した。
 嘉兵衛は少しも臆せず、国土劫掠の非を難じ、両国融和の道を説いた。ロシアは嘉兵衛の勇気に感服し謝罪した。
 嘉兵衛は箱館奉行に懇請しゴローニンを釈放させ、以後両国の平和友好が促進された。幕府は円満解決の功績を称え賞詞を与えた。
 文政10年(1827年)波乱とロマンにみちた59才の生涯を閉じた。」



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「二十間坂通り」という大きな通りを駅の方に少し戻ると、左手にツタの絡まったレンガ造りの建物があります。
これはかつて「函館郵便局」だった建物。
1983年(昭和58年)にショッピングモール「はこだて明治館」として開業して現在に至るようです。

「旧函館郵便局舎
 北海道に郵便制度が発足したのは、明治5年(1872年)であり、北海道で最初の函館郵便役所が
 現大町の海関所(出入りの船舶、旅人、積み荷の検査などを行った役所)内に開設されました。
 その後、大町に庁舎が建設され、同8年(1875年)函館郵便局と改称後、幾度か移転し、
 現在の建物は明治44年(1911年)に完成したもので、約50年にわたりこの庁舎で業務が行われました。
 昭和37年(1962年)には民間に払い下げられましたが、明治の洋風建築として函館に残る代表的な建物の一つです。」



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「箱館高田屋嘉兵衛資料館」の裏手にあるやや細い通りに入ります。
入ってすぐ右手にあるのが「古稀庵」(こきあん)。
1909年(明治42年)に海産物商「渡辺商店」の店舗として建てられたものです。
左の2階建ての建物は1階が和風、2階が洋風の和洋折衷様式になっています。
ここには写っていませんが、裏手にある蔵も「伝統的建造物」に指定されています。


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「古稀庵」から「二十間坂通り」に戻ります。
その向かいの角にあるのがこちらの「茶房 旧茶屋亭」。
明治末期に建てられたもので、左端にわずかに写っている「レンガ塀」とともに「伝統的建造物」に指定されています。
「レンガ塀」の上には「屋根瓦」がふかれているところがポイント。
「カフェ」として営業していますが、やはり木曜日が定休日となっています。
つまりこの日は開いていなかったという(^^;


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「金森レンガ倉庫」の南西側にある通りに入ります。
レンガ造りのガラス工房「ザ・グラススタジオイン函館」のとなりにあるのが「和雑貨いろは」
1908年(明治41年)に「海産問屋」の建物として造られたとのこと。
和洋折衷で左側には「防火壁」がついています。
「ザ・グラススタジオイン函館」の建物も1910年(明治43年)に建てられた倉庫だそう。
もしかするとかつての所有者は同じだったのかな?


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最後は同じ通り沿いにある「スペイン料理」の店「バルレストラン ラ・コンチャ」
元はオーナーシェフの祖父が1921年(大正10年)に建てた「米穀店」だったそうです。



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次回は、函館港の西側へと足を伸ばします。
by sampo_katze | 2018-02-13 21:00 | 北海道 | Comments(0)


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