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三沢市大空ひろばの屋外展示機(北エリア)
三沢市大空ひろばと青森県立三沢航空科学館編・第2回


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「居並ぶ戦闘機の垂直尾翼」


「三沢市大空ひろば」は、「三沢空港」の滑走路をはさんで北側にあります。
直線距離では約1.3kmですが、滑走路の東側を大きく迂回する必要があるため実際の道のりは3.6kmほど。
空港の「旅客ターミナル」が北側にあれば近いんですけど、「アメリカ軍」の基地が北側にあるので無理なんですね。
それでも歩ける距離なのでまだマシかな?
時期的にも(3月31日だったので)暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい陽気でしたから。

さて「大空ひろば」の敷地面積は11haで、「東京ドーム」約2個分。
その広い敷地には遊具もあり、11機もの実機が展示されています。
まずはその北西エリアに並ぶ5機を見ていくことにしましょう。


表紙の写真は、今回取り上げる5機の垂直尾翼の並びです。
奥の1機は「アメリカ空軍機」で、手前4機は「航空自衛隊機」です。
「軍用機」をじっくりと見るのは確かこれが初めて。
「自衛隊機」の尾翼はかなりの横長なんだな、という印象を受けました。
ここ最近は「民間機」をたくさん見てるので、なおさらそう感じるのかも?










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まずは「F-16戦闘機」から。
今回取り上げる機体の中では唯一の「アメリカ空軍機」で、愛称は「ファイティング・ファルコン」(Fighting Falcon)。
製造メーカーは「ジェネラル・ダイナミクス社」、現在の「ロッキード・マーティン社」です。
いかにも「戦闘機」といったシルエットですね。
1974年2月にプロトタイプが初飛行して以来長らく製造が続き、2012年4月には4500機目が完成しました。
この製造数は「アメリカ」製の「ジェット戦闘機」としては4番目に多いそう。
ベストセラー機の1つなんですね。

「F-16
 F-16は現代を代表するマルチロールファイターです。
 1974年の原型機初飛行以来約4,000機以上が生産され、戦闘機として優れた能力を有した飛行機であります。
 このF-16AはF-16のもっとも古いタイプA型で、現在三沢基地で使用している機体はF-16CJプラスという最新型です。
 この展示機は、米空軍より借受したものです。
 全幅10.00m  全長14.50m  全高5.00m  全備重量14,900kg  乗員1名
 エンジンF100-PW-200(推進24,000ポンド)  最大速度マッハ1.8  上昇限度16,700m  航続距離2,300km
 装備 M61A1 20mmバルカン砲×1、各種空対空及び空対地ミサイルおよび爆弾」

※説明板より引用、以下同じ


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垂直尾翼の右舷、「スターボードサイド」には大きな刀を持った「鎧武者」が描かれています。
その左上には「PACIFIC AIR FORCES」(太平洋空軍)のエンブレムも。
その下の「WW」「Wild Weasel」(凶暴なイタチ)で、「アメリカ空軍機」の通称。
「35FW」「35th Fighter Wing」の略だそう。


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反対の左舷、「ポートサイド」に描かれているのは「クロヒョウ」でしょうか?


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「コクピット」の後部と機体の下部には「ハクトウワシ」
下部の方は「星条旗」とともに描かれています。
やはり「アメリカの国鳥」ですからね。
その右には「5th AIR FORCE」(アメリカ第5空軍)と、「35FW」を表す「ATTACK TO DEFEND」のエンブレムが描かれていました。


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「F-16」の向かって右にあるのは「F-104」です。
「ロッキード社」の製造で、愛称は「スターファイター」(Star Fightre)。
初号機が1954年3月に初飛行を行い、1958年2月から「アメリカ空軍」で運用が始まりました。
水平尾翼が垂直尾翼の上方にあり、主翼の端には増設された「燃料タンク」が取りつけられています。
このタンクは「翼端増槽」(よくたんぞうそう)、または「チップタンク」(Tip Tank)と呼ばれます。

ここに展示されているのは「航空自衛隊」で使用された機材です。
国内で「ライセンス生産」されたもので、製造は「三菱重工業」が担当しました。
細長い機体と小さな主翼を持つことから「三菱鉛筆」の愛称で呼ばれていたんだとか。
機体の左側には階段と屋根がついていて、「コクピット」に座ることもできるようになっています。

「F-104
 F-104は、昭和38年(1963年)から航空自衛隊で使用された戦闘機で210機が生産され、
 日本全国7つの飛行隊で防空任務に使用されていましたが、昭和61年(1986年)3月に現役を引退しました。
 昭和41年(1966年)11月3日、入間基地での航空ページェントで東京~大阪間(直線距離395km)を
 10分21秒(約時速2,290km)で飛行したとの記録が残っています。
 この展示機は、航空自衛隊より借受したものです。
 全幅6.68m  全長17.75m  全高4.12m  全備重量11,930kg  乗員1名
 エンジンJ79-IHI-11A(7,167kg)×1  最大速度マッハ2  上昇限度18,000m  航続距離2,920km
 装備 M61A1 20mmバルカン砲×1、AIM-9 空対空ミサイル×2~4発」



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「コックピット」をのぞいてみました。
かなり小さく窮屈そうです。
「F1」などでもそうですが、スピードを追求する乗りものではこれが当たり前なんですよね。


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3機目は「T-2」です。
国内で開発された2番目の「練習機」であり、初めての「超音速機」でもあります。
1971年7月に初号機が初飛行、1974年7月に部隊配置されました。
この結果、教育期間が従来よりもなんと10か月も短縮することができたんだそう。
これは配備されていた機体の性能が「練習機」を大きく上回っていたことが要因でしょうか。
その後、1988年までに96機が製造されました。

「T-2
 T-2は日本で開発された2番目の練習機で、航空自衛隊の戦闘機パイロットを養成する最終段階で使用する事と、
 当初から支援戦闘機としても使用することを計画していたため、優れた超音速高等練習機として完成しました。
 昭和46年(1971年)に初号機が初飛行、昭和51年(1976年)から平成13年(2001年)まで主として教育訓練に使用されました。
 この展示機は、航空自衛隊より借受したものです。
 全幅7.88m  全長17.85m  全高4.39m  全備重量9,800kg  乗員2名
 エンジンTF40-IHI-801A(3,200kg)×2  最大速度マッハ1.6  上昇限度15,000m  航続距離2,500km
 装備 M61A1 20mmバルカン砲×1、AIM-9 空対空ミサイル×2~4発」



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「練習機」ということもあってか、「コックピット」周辺には様々な説明が入っていました。
もちろん乗員は2名です。


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その手前にある4機目の青い機体も「T-2」。
でも、これは「ブルーインパルス仕様」です。
初代使用機の「F-86F」「ノースアメリカン社」製でしたが、後継機は国産機でという動きに。
そこで選定されたのが「T-2」で、1982年7月に「松島基地航空祭」で初の展示飛行を披露。
翌8月の「千歳基地航空祭」では本格的な「アクロバット飛行」が行われました。
その後175回の展示飛行を行い、1995年12月3日の「浜松基地航空祭」が最後となりました。
なお後継機は「T-4」で、同時に展示飛行専門の飛行隊も編成されています。

「T-2(ブルーインパルス仕様)
 このT-2は航空自衛隊の戦闘機パイロットを養成する最終段階で使用する超音速の高等練習機ですが、
 その優れた性能から二代目ブルーインパルス使用機として昭和57年(1982年)から平成7年(1995年)まで全国で華麗なる展示飛行を行いました。
 この展示機は、航空自衛隊より借受したものです。
 全幅7.88m  全長17.85m  全高4.39m  全備重量9,800kg  乗員2名
 エンジンTF40-IHI-801A(3,200kg)×2  最大速度マッハ1.6  上昇限度15,000m  航続距離2,500km
 装備 M61A1 20mmバルカン砲×1、AIM-9 空対空ミサイル×2~4発」



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「主翼」下にある「燃料タンク」にも「Blue Impulse」の文字があしらわれていました。
こちらのタンクの名称は「落下型増槽」、あるいは「ドロップタンク」(Drop Tank)。
その名の通り、飛行中に切り離すことができるようになっています。


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5機目は「F-1」です。
生産中の「T-2」6号機と7号機を特別仕様機として改造、各種試験に用いられました。
これらのデータをもとに量産機が製造され、1977年6月に量産1号機が初飛行。
その後1987年3月までに77機が製造されました。
そして「三沢基地」「第3飛行隊」「第8飛行隊」「福岡県」「築城基地」(ついききち)の「第6飛行隊」に配備されます。
1997年より退役が始まり、2006年3月の「築城基地」の7機を最後に完全退役となりました。
なお「三沢基地」では1997年に「第8飛行隊」で「F-4EJ」へ、2001年に「第3飛行隊」で「F-2」へと交代しています。

「F-1
 初の国産戦闘機であるF-1は、T-2高等練習機を発展させた支援戦闘機で、生産ライン上のT-2の6、7号機が原型FS-T2改へと改造され
 昭和50年(1975年)初飛行、F-1量産型は昭和52年(1977年)から計77機が生産されました。
 昭和53年(1978年)から三沢基地の第3飛行隊を皮切りに3個飛行隊に配備されましたが現在は交代が進んでいます。
 この展示機は、航空自衛隊より借受したものです。
 全幅7.88m  全長17.85m  全高4.50m  全備重量13,500kg  乗員1名
 エンジンTF40-IHI-801A(3,200kg)×2  最大速度マッハ1.6  上昇限度15,000m  航続距離2,500km
 装備 M61A1 20mmバルカン砲×1、AIM-9 空対空ミサイル×2~4発、ASM-1 空対艦ミサイル×2発 その他爆弾等」



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「スターボードサイド」に描かれた「兜」「疾風迅雷」の文字。
反対の「ポートサイド」には「精鋭無比」の文字が刻まれています。


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垂直尾翼に描かれている「鎧武者」の横顔。
これは所属していた「三沢基地」の「第3飛行隊」のエンブレムです。
「F-1」ではフルカラーで描かれていますが、後継機の「F-2」では機体色に合わせてモノトーンになっているそう。
確かに濃い青の機体に溶け込むようなイメージになっていましたね。



すべて D700+24-120mmF4G/VR


次回は、南エリアの屋外展示機です。

by sampo_katze | 2018-08-14 21:00 | 飛行機 | Comments(0)


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