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三沢市大空ひろばの屋外展示機(南エリア)
三沢市大空ひろばと青森県立三沢航空科学館編・第3回


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「1周約500m!」


「三沢市大空ひろば」の屋外展示機の続きです。
展示されている11機のうち、前回紹介していない4機を取り上げます。
ただ「南エリア」と書いていますが、こちらで便宜上つけたもので公式なものではありません。
「航空科学館」の建物寄りに展示されていた5機とは、ちょっと毛色のちがう機体だったので分けただけです。
このほかに「初等練習機」「ヘリコプター」1機が展示されていますが、都合によりカットしています(^^;


表紙の写真は、「大空ひろば」を南側の遊歩道から眺めたところです。
「ひろば」はほぼ円形になっていて、屋外展示機は向かって左手のほうにあります。
左手前のベンチがある東屋の屋根は、白い紙飛行機のような形をしているんですよ。










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もっとも南側に展示されているのが「T-33」です。
「ロッキード社」の製造で、愛称は「シューティングスター」(Shooting Star、「流星」のこと)。
ほかにも「Tバード」(T Bird)とも呼ばれました。

初飛行は1948年ですが、その原型となったのは「第二次大戦」中の1944年1月に初飛行した「P-80」試作機です。
「P-80」は「アメリカ空軍」初の実用「ジェット戦闘機」で、1945年2月に量産型「P-80A」の納入が開始されました。
ですが、ほどなく終戦を迎えたために実戦配備はされず。
その後に登場した派生型の「P-80C」をベースに、「ジェット戦闘機」の「練習機」として開発されたのが「T-33」です。
1948年から1959年にかけて、なんと6500機以上も製造されたベストセラー機!
これは「アメリカ」だけの数字で、ほかの国で生産された機体も含めると何機になるんでしょうね??
なお「アメリカ空軍」からは1997年に退役しています。
ですが、民間に払い下げされた機体の中には未だに現役で飛んでいるのもあるんだそう。
数でも質でも「傑作機」だったんですね。

「T-33
 T-33は世界の空軍がプロペラからジェットへの転換期に登場した傑作練習機で
 1948年以降アメリカだけでも5,600機以上が生産されました。
 航空自衛隊では昭和30年(1955年)から供与を受けた68機と引き続きライセンス生産された210機で、
 ジェットパイロットの養成や全国各地の飛行隊の連絡用務飛行など多用途に使用されていましたが、
 平成11年(1999年)に引退しました。
 この展示機は、米海軍より借受したものです。
 全幅11.85m  全長11.48m  全高3.56m  全備重量7,000kg  乗員2名
 エンジンJ33-A-35(2,087kg)×1  上昇限度15,000m  航続距離2,000km
 装備 12.7mm機関砲×2~4(搭載可能)」



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機種付近のアップ。
断面は縦長の楕円形になっていて、前回紹介した5機や現在の機材と比べるとずいぶんちがった印象を受けます。
側面にある「エンジン」の吸気口かな?の周りも独特な感じです。


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続いては、もっとも西側に展示されている「F-4EJ改」です。
「F-4」は「マクドネル社」で製造された戦闘機で、愛称は「ファントムⅡ」(Phantom the Second)。
超音速戦闘機にしてはずんぐりとした見た目と大きな主翼を持つことなどから、当初は「みにくいあひるの子」と呼ばれていたそう。
ですが性能のよさから数多くの派生型が登場し、その生産数は5000機以上!
これは歴代の超音速戦闘機では4機種、かつての「西側」では唯一の生産数だそう。
こうして「F-4」は美しく大きな翼を持つ「白鳥」となったんですね。

ここにある「F-4EJ改」は、「F-4E」をベースに日本仕様に装備を変更(J)。
さらに1989年から機体延命と性能向上を目的に改修されたものです()。
この写真では小さくてわかりづらいですが、垂直尾翼には「クロヒョウ」が描かれています。
これは「第8飛行隊」のエンブレムで、コールサインの「パンサー」が由来となっているんだそう。
1997年から「三沢基地」で活躍しましたが、2009年に後継の「F-2」に機種変更されました。
また「第8飛行隊」も、2016年に「福岡県」「築城基地」(ついききち)へ移動となっています。

「F-4EJ改
 F-4EJ改戦闘機は、昭和46年(1971年)から航空自衛隊で使用されてきたF-4EJ戦闘機の改修型で、
 レーダーやアビオニクスの能力を向上させた機体です。三沢基地に配備されたのは、平成9年3月からで、
 第3航空団第8飛行隊で支援戦闘機として使用されていました。
 この戦闘機は、対地/対艦攻撃能力にも優れており、ベースとなっているF-4型戦闘機は、世界12カ国で採用されました。
 この展示機は、航空自衛隊より借受したものです。
 全幅11.71m  全長19.2m  全高4.98m  最大重量28,030kg  乗員2名
 エンジンJ79-GE-17(8,120kg)×2  最大速度マッハ2.2  上昇限度17,700m  航続距離3,180km
 装備 M-61A1 20mmバルカン砲、AIM-9L/AAM-3 空対空ミサイル、
    AIM-7F 空対空ミサイル、ASM-1/-2 対艦ミサイル、500LBS/340kg爆弾」



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正面から見たところ。
胴体の両側に縦長の箱のようなものがついているので、なんだか「ヘッドフォン」をしているみたい?(^^;
また、主翼の先端側は少し上向きになっています。


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さらに特徴的なのはおしり・・・・・ではなく、リアビューです。
ほぼ主翼と同じ目線で見ていますが、水平尾翼がかなり高い位置にあるのがわかります。
しかも、その先端は下向きになっているんですね。


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そのとなりに展示されているのは「LR-1」です。
ここに展示されている中では唯一、主翼が胴体の上方についている「高翼機」です。
原型となったのは1963年に初飛行した「三菱重工」製の「MU-2」
これは独自開発で製作された国産初の「ターボプロップビジネス機」で、1987年までに762機が生産され27か国で販売されました。
小型の「ビジネス機」ではベストセラーだったんですね。

ただ当時の国内は市場規模がほとんどなかったため、「陸上自衛隊」「航空自衛隊」に納入されました。
これもそのうちの1機で、「陸上自衛隊」の制式名称「LR-1」で呼ばれています。
「連絡偵察機」として使用されていたことから、迷彩塗装を施されています。
妙にずんぐりとして見えるのもそのせいでしょうか?

「LR-1
 この機体は、三菱重工が1963年(昭和38年)に開発した初の国産双発ターボプロップビジネス機MU-2の
 陸上自衛隊向け連絡偵察機です。
 この陸上自衛隊仕様は、社内名称MU-2C、陸上自衛隊名称LR-1と呼ばれ
 1号機は1967年(昭和42年)7月に納入、以後1984年(昭和59年)までに計20機が採用されました。
 LR-1は、陸上自衛隊の地上作戦やヘリボーン作戦に際し、戦場偵察等の任務もあることから
 実戦に即した外観迷彩塗装等凄みのあるスタイルをしています。
 この展示機は、陸上自衛隊より借受けしたものです。
 全幅11.95m  全長10.13m  全高3.94m  最大全備重量4,750kg  乗員2(P)+5名
 エンジンTPE331-6A-252M(715shp)×2  最大速度539km/h」



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特徴ある顔つきなので、やはり正面から。
鼻先にあたる「レドーム」が黒く塗られています。
こうして顔の部分を切り出してみると、大きな「イヌ」のよう。
側面からの重厚で迫力ある姿とはうってかわって、かわいらしく見えてきます。


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最後は、ここの展示機の中ではもっとも大型の「P-3」です。
全長約36m、全幅約30m、全高約10mもあり、これまでの展示機と比べて全長・全幅は約3倍(!)もあります。
4枚羽の「プロペラ」を4発搭載しているところも迫力を増していますね。

元となったのは「ロッキード社」製の「L-188」で、愛称は「エレクトラ」(Electra、「おうし座」の17番星のこと)。
1957年に初飛行しましたが、この機種は某書で「残念な旅客機たち」の1つに数えられています(まんまですが)。
その詳しい経緯は省きますが1961年に生産中止となり、「旅客機」として大成することはありませんでした。
もっとも彼女たちの名誉のためにつけ加えると、メジャーエアラインから撤退したのちに「貨物専用機」へと改造され活躍。
「ブラジル」「ヴァリグ航空」では「リオデジャネイロ」「サンパウロ」間を30分おきに結ぶというシャトル便に投入され、
1992年まで使用されたとのことです。

さて、「ロッキード社」は「アメリカ海軍」からの要求を受けて「対潜哨戒機」を開発することに。
その際「L-188」の改造型を提案し、1958年に原型機が初飛行しました。
スムーズに事が運ぶかと思いきや、「L-188」が抱えていた大きな問題点が尾を引いて導入されたのは1962年になってから。
ただこちらは優れた性能が評価されて「ロッキード社」で650機、「川崎重工」が107機を生産。
後継機も登場している中、今なお現役で活躍している機体も多くあるようです。

「P-3
 P-3は、ロッキード社L-188エレクトラ4発ターボプロップ旅客機をベースとして開発された大型対潜哨戒機であります。
 展示されている飛行機は、P-3オライオンと同型機でありますが、米海軍第7艦隊司令官が移動用に使用していた飛行機で、
 P-3本来の対潜哨戒機と仕様が異なっています。
 この展示機は、米海軍より借受したものです。
 全幅30.37m  全長35.61m  全高10.27m  全備重量27,890kg  乗員12名+
 エンジンT56A-14(4,910shp)×4  最大速度760km/h」



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こちらは機内の見学もできます。
まずは後方の折り畳み式の簡易ベッドがあるスペース。
写真右には小さな「シンク」も設けられていました。


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後方スペースの入口から前方を見るとこんな感じ。
かなりゆったりとしたつくりになっていて、シートもソファのようです。
本来の目的である「対潜哨戒用」ではなく、「司令官」の移動のための機材だからのようですね。


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一部のシートは向かい合わせになっています。
そして奥の壁にある茶色い部分には、折りたたみ式のテーブルが収納されていました。


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テーブルを拡げるとこんな感じに。
ちょっとしたディナーでも楽しめそうな大きさですね。


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コックピットにも入れますよ。
円形のアナログ計器やスイッチ類などが所狭しと並んでいて、歴史を感じさせてくれます。


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壁に張られていたのは機内見取り図。
座席数はコクピットも含めて25あり、うち1から7までがクルー用のようです。
右側には8から25の番号が振られ、そこに搭乗者の名前を書き込むようになっているよう。
右上にあるエンブレムには「FAIRECONRON-1」の文字。
調べてみるとこれは「アメリカ海軍第1艦隊航空電子偵察飛行隊」、略称「VQ-1」のものだそう。
1955年に編成されたので、かなり長い歴史を持っているんですね。


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最後は側面から眺めてみます。
う~ん、かっこいいな~!!
まだ現役の機体もあるので、実際の飛んでいる様子も見てみたいところです。



すべて D700+24-120mmF4G/VR


次回は、屋内の特別展示です。

by sampo_katze | 2018-08-16 21:00 | 飛行機 | Comments(0)


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