エポックメイキングな機体がみられる航空ゾーン
三沢市大空ひろばと青森県立三沢航空科学館編・最終回


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「空港のターミナルビルみたい」


「三沢市航空科学館」編の最後は、「航空ゾーン」の通常展示エリアです。
屋外が「戦闘機」メインだったのに対し、こちらは「民間機」がメイン。
「ライトフライヤー1号」や国産初飛行を成功させた飛行機、「太平洋無着陸横断」を達成した飛行機の実物大模型。
戦後初の国産輸送機「YS-11」や人力飛行機の実物も展示されています。
ここから3機ほどピックアップして紹介します。


表紙の写真は、「科学館」の外観を「大空ひろば」側から眺めたところです。
建物は2階建てで、真ん中にぽつんと3階部分があります。
3階は展望室になっていますが、離発着する飛行機とはタイミングが合わなかったので見られませんでした(^^;











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「航空ゾーン」で最初に出迎えてくれるのは、赤い機体が目を引く「ミス・ビードル号」です。
これは1931年(昭和6年)に「三沢村」(当時)の「淋代海岸」(りんだいかいがん)から飛び立ち、
41時間余りかけて「太平洋」を横断して「ワシントン州」に着陸した機体を復元したもの。

長時間飛行に備えて燃料を多く積むため、燃料タンクを増設してあるそう。
5人乗りの機体ですが、乗員は2人ですから残りの乗員スペースにも増設されているはず。
さらに、空気抵抗を減らすために車輪も切り離してしまうという荒技も!
さすがに復元機にはついていますけどね。

「ミス・ビードル号  Miss Veedol
 三沢・淋代海岸から離陸し、太平洋無着陸横断飛行に成功したミス・ビードル号の復元機です。
 ミス・ビードル号は、アメリカ・ベランカ社製の単発5人乗りの旅客機の後部座席と機体低部を燃料タンクに改造して
 長距離飛行に備え、太平洋無着陸横断に挑戦しました。
 約3,600L=ドラム缶18本分の燃料を積んだ機体は、約1,800m滑走して地上を離れました。
 また離陸後、飛行中の空気抵抗を減らして燃料の節約をはかるために、車輪を切り離せる構造になっていました。
 約41時間後、ワシントン州ウェナッチバレーに胴体着陸して、太平洋無着陸横断飛行を成し遂げました。
 BELLANCA CH300諸元:全幅:551インチ/14.122メートル   全長:331インチ/8.420メートル
           高さ:133インチ/3.376メートル   翼面積:25.4平方メートル
           エンジン:P&W Wasp 450HP   プロペラ:調節ピッチ」


「太平洋無着陸横断飛行の経緯
 1931年(昭和6年)、太平洋無着陸横断飛行に挑戦するために、「ミス・ビードル号」にて飛来した米国人クライド・パングボーンと
 ヒュー・ハーンドンは、三沢村をあげての手厚い支援のもと、同年10月4日午前7時1分、淋代海岸を離陸した。
 厳しい気象条件の中、多くの困難を乗り越えた同機は、41時間10分の飛行の後、アメリカ合衆国ワシントン州ウェナッチに胴体着陸し、
 人類初の快挙を成し遂げた。
 このことをきっかけとして、三沢市とウェナッチ市及び東ウェナッチ市との親善交流が育まれた。」

※説明板より引用、以下同じ


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「プロペラ」に入っているのは製造会社の「ハミルトン・スタンダード」のロゴ。
その中心には「プロペラ」が描かれていますが、よく見るとその「プロペラ」に赤っぽいマークが入っています。
ということは、ロゴの「プロペラ」にもさらにロゴを入れているということ??


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後方から見ると、機体は四角い箱型をしています。
垂直尾翼には「BELLANCA」と書かれていますが、これは製造会社の「ベランカ社」のこと。
原型となったのは「スカイロケット J-300型」という機種でした。
なお、偉業を達成した「ミス・ビードル号」はその直後に売却。
しかもその後の飛行中に行方不明になってしまったそうです。


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奥に進むと、頭上にクラシカルな機体が展示されています。
これは初めて国産飛行機で飛行に成功した「奈良原式2号機」の実物大復元模型です。
製作者は「奈良原三次」(ならはら さんじ)で、「海軍技師」だったときに1号機を製作しましたが飛行できず。
軍を退役後に1号機を改良して2号機を製作し、自らの操縦で4mの高さで60mの飛行に成功しました。
その後も試験飛行や練習飛行に使われ、「奈良原」のほかに4名の練習生が飛行しています。

「国産飛行機の初飛行 奈良原式2号機
 日本国内で最初に作られた国産飛行機は、奈良原三次が設計しました。
 奈良原式1号機は、1910年(明治43年)10月30日、戸山ヶ原練兵場での滑走試験で、30cmほど浮揚しましたが
 地上を走るだけに終わり、飛行とは言えませんでした。
 奈良原式2号機は、竹製の1号機を全木製骨格へと改良を加えた機体で、1911年(明治44年)5月5日、所沢飛行場で、
 地上4m、距離60mを飛び、国産機初飛行を達成しました。」


「奈良原三次(1877~1934年)
 鹿児島の男爵・奈良原繁(沖縄県知事)の子息で、東京帝国大学在学中から飛行機の製作を志し、
 海軍中技師(中尉待遇)に任官した後にも、私的に研究を続けました。夢の実現のために私財を投じ男爵家を潰し、
 一時市井に身をひそめましたが、最後まで飛行機への夢を求め続けた人でした。」



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エンジンと着陸脚。
着陸脚のタイヤは自転車に使われているものとそっくり!
でも機体の重量を考えればこれでも十分なんでしょうね。


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このエリアのメイン(個人的にですが)となるのが戦後初の国産旅客機「YS-11」です。
ここに展示されているのは派生型の「YS-11A-500」で、レジ番号は「JA8776」
1971年(昭和46年)5月に「日本国内航空」の機材として登録されました。
その後「東亜国内航空」に代わってから11機の僚機とともに活躍し、2002年(平成14年)11月に退役しました。
退役時の所属は「日本エアコミューター」で、同社は2006年9月30日まで同機を民間運用した最後の会社となっています。

「YS-11 戦後初の国産輸送機
 第二次世界大戦後、日本は航空機の開発・製造・研究を禁止されていました。1952年(昭和27年)の解禁にともない、
 国産の旅客機を製造しようという機運が高まり、1957年(昭和32年)五戸町出身の木村秀政博士(当時、日本大学教授)を
 技術委員長とした(財)輸送機設計研究協会が設立されました。1958年(昭和33年)から本格的に設計を始め、
 1962年(昭和37年)試作1号機が初飛行し、1965年(昭和40年)初の国産実用機として国内線に就航しました。
 その後、1973年(昭和48年)まで、182機が生産されて、アメリカをはじめ世界の航空会社に採用され好評を博しました。
 YS-11の名は、輸送機設計研究協会の輸送の「Y」、設計の「S」、エンジンと機体の設計で、それぞれ1番目の案を
 採用したことから「11」(いちいち)と命名されました。
 展示されている機体(YS-11A-500型機・JA8776)は、1971年(昭和46年)5月に、日本航空機製造株式会社(NAMC)で製造され、
 東亜国内航空で愛称「しれとこ」として就航し、2002年(平成14年)11月18日まで、日本エアコミューターで、
 鹿児島~屋久島・種子島・奄美大島・沖永良部島・与論・福岡/福岡~高松・徳島・高知・出雲/出雲~隠岐/
 伊丹~隠岐の12路線を運航していました。
 総飛行時間:59,451時間22分/フライトサイクル:60,942回


 YS-11諸元:全幅32m・全長26.30m・全高8.98m・主翼面積94.8平方メートル
       機体重量15,460kg・離陸最大重量24,500kg
       胴体:全金属性応力外皮構造   主翼:片持式低翼単葉機
       エンジン:ロールスロイス・ダートMk542(2,400軸馬力)×2
       最大巡航速度474km/時   最大燃料量4982L
       実用上昇限度6,100m   航続距離1,280km   乗員2名/乗客64名
       初飛行:1962年(昭和37年)8月30日   当機は182機中の157号機」



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特徴的なダンゴ鼻をアップに。
さわれるほど近づけるからできたアングル。


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「ノーズギア」を正面から。
主翼近くにある「メインギア」も同様ですが、タイヤの溝は縦にまっすぐ入っています。
飛行機は基本的に直線的にしか動きませんので、こんなシンプルな溝になっているんですね。
ほかにも理由があると思いますが・・・・・。


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「スターボードサイド」のエンジンはカバーが開いていました。
こんな感じで開くんですね~。


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側面には「JACイメージキャラクター ルリー」が描かれています。
「ポートサイド」は前方の客室扉に、「スターボードサイド」は後方扉の横といる場所が異なります。
モチーフになったのは「ルリカケス」という「カラス」の仲間です。
「奄美大島」「加計呂麻島」(かけろまじま)、「請島」(うけじま)にのみ生息する固有種で、
「鹿児島県」の県鳥であり、国の「天然記念物」にも指定されています。
青い体で赤い服を着ているようなキャラクターですが、実際の塗り分けもこんな感じなんですよ。


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機内の見学もできます。
前方の客室扉から入って、まずは「コックピット」から。
たくさんの丸い計器とスイッチが並びます。
シートに座って「パイロット」気分を味わうこともできるようですね。


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続いては客室へ。
通路を挟んで左右にそれぞれ2列ずつシートが並んでいます。
上の棚は現在のような「ハットラック」タイプではなく、むき出しの棚になっていますね。
シートベルトがなければ列車の中のような雰囲気です。
機体が大きく揺れたとき、乗せてある荷物はどうなってしまうんだろう?って心配になります(^^;


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上の棚の内側がずいぶん上に向いているのがわかります。
こうすることで荷物が落ちにくいようにしているのかな?
でも、これだと収納するのも大変そうですね。
そもそもスペースはそれほど大きくないですが・・・・・。


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建物の2階に上がると後方から機体を眺めることができます。
特に垂直尾翼は目前で見られるので迫力がありますね。
こういう角度で見ることはまずないので、新鮮な気分です。


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最後は同じく2階から機体全体を。
手前にある展示物に一部が隠れてしまうところがちょっと残念?
でも地上からでは全体を見渡すことができないので、うれしいポイントです。



すべて D700+24-120mmF4G/VR


次回から新シリーズ、マイル修行第2弾として訪ねた島根県松江です。

by sampo_katze | 2018-08-30 21:00 | 東北 | Comments(0)


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