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石川県立航空プラザの屋内展示機
小松出張のオフタイム編・第4回


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「コインロッカーのカブッキーはキャプテン仕様」


「石川県立航空プラザ」の1階に移動します。
1階には「ANA」で使用されていた「YS-11」「フライトシミュレーター」の実物が置かれています。
「フライトシミュレーター」は2階にもあり、どちらも館内唯一の有料施設になっています。
またすぐそばにある「小松空港」の歴史や役割、就航しているエアライナーの模型や写真なども紹介されています。

そして、メインとなるのが「実機展示場」です。
ここには常設展示として19機もの実機を見ることができます。
残念ながら機内見学することができるものはありませんが、その内容はバラエティに富んでいますからね。


表紙の写真は、館内入口の左手にある「コインロッカー」です。
扉には飛行機に乗った「小松市」のイメージキャラクター「カブッキー」が描かれていました。
「パイロット」帽子に入っているのは「小松市」の市章です。
垂直尾翼には「こまつ」の文字をかたどった「隈取」が入っています。
これはなかなか凝ったデザインですよね。










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先の「隈取」が描かれていた「小松駅」西口のバスターミナルのパーティション。
高さ2mほどなのでかなり迫力があります。


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「航空プラザ」の展示に戻りましょう。
1階の「実機展示場」は、このように「格納庫」みたいな柱のない広い空間になっています。


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天井にも何機か展示されています。
黄色い機体は「超軽量機」、あるいは「超軽量動力機」と呼ばれるもの。
飛行機を自分の手で飛ばすには「自家用操縦士」の免許と「航空無線」に関する資格が必要ですが、
この機体の場合は「国土交通省航空局」が指定する許可を取ることで飛ばすことができるんだそう。
といっても空を飛ぶわけなので、技量はそれなりに必要そうですが(^^;
でも、自分の手で操縦して空を飛ぶというのは楽しそうですね。

「超軽量機 菱和式ツバサW-1-1
  どうしても自分で操縦して空を飛びたい、
 そんな(飛びたい)人のためにウルトラ・ライト・プレーン(略称ULP)なるものが作り出されて、世界各国で販売されています。
 超軽量で構造も簡単、大衆車並みの価格で、だれでも気楽に空の散歩が楽しめるとあって、愛好者によるクラブ組織も続々誕生しています。
  展示の機体は、石川県内でも愛好クラブの元祖だった橋本和雄氏(金沢市在住)が、70歳の誕生日まで乗っていた国産の機体ツバサW-1です。
 当地に縁の深い小松ゼノア製のエンジンをつけて、これでゆったりと千里浜沖の日本海洋上を飛んでいたわけです。

 <データ>
  全幅8.46m  全長5.4m  全高1.6m  翼面積15.6㎡  自重100kg
  エンジン:小松ゼノアG25250cc(24ps/5,700rpm)×1  最大速度100km/h  燃料18ℓ
  離着陸距離30m  製造 (有)菱和  価格約140万円  乗員1名」

※説明板より引用、以下同じ


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「ランディングギア」「スキー板」のようなものを装着した機体がありました。
これは「スイス」の航空機メーカー「ピラタス・エアクラフト」が製造した「PC-6」です。
1959年5月に初飛行、展示されているのは派生型の「PC-6Bターボポーター」と呼ばれるものです。
山岳地帯や雪上でも運用できるように、短距離で離着陸できる「STOL」(=Short TakeOff and Landing、エストール)性能と
丈夫な構造を持っています。
この機体は「極地研究所」が購入した2機のうちの1機で、「南極観測」に使用されていたとのこと。
真っ赤な機体色から最初は「消防」用途かと思ったんですが、雪上での識別がしやすいようにしていたんですね。

「多用途軽飛行機 ピラタス PC-6Bターボポーター
  山国スイスの小さな飛行場でも多目的に使用できるように設計されたSTOL(短距離着陸)機です。
 機体構造をできるかぎり簡単にするため、翼はすべて矩形(くけい)、胴体断面も4角。
 着陸装置も頑丈に作られており、荒地用に車輪間隔も広くして、雪ソリ、フロートなどへの換装も簡単にできます。
  展示の機体は極地研究所が2機輸入して、南極観測に使用したうちの1機です。
 南極の空で約11年間にわたって観測飛行の任務にちいたのち、総飛行時間1,757時間で用途廃止になりました。

 <データ>
  全幅15.87m  全長11.0m  全高3.2m  自重1,270kg  巡航速度259km/h
  エンジン:P&WカナダPT6A-27(680SHP)×1  実用上昇限度7,620m
  航続距離1,503km  離陸距離110m  着陸距離73m  乗員8名(最大11名)  原型初飛行1961年5月2日」



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「ランディングギア」はこんな構造に。
基本的には雪上着陸が多いため、そりが先に接地するようになっています。
車輪が先に接地したら危ないですからね(^^;


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エンジンの排気口の下には「ハクトウワシ」が描かれたマークが入っています。
これはエンジンメーカー「プラット・アンド・ホイットニー」のマーク。
正確には子会社の「P&Wカナダ」社製ですけどね。
なお、「PC-6B」シリーズは「P&Wカナダ」社のエンジン「PT6A」を搭載しているようです。


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「ジェット練習機」「T-33A」です。
1955年(昭和30年)から「川崎航空機」、現在の「川崎重工業」がライセンス生産をして210機を製造。
前年に「アメリカ」から供与された68機と合わせた278機が「航空自衛隊」に配備され、幅広い用途に使用されていました。

「ロッキード/川崎 T-33Aジェット練習機
  米国ロッキード社製のF-80C戦闘機の胴体を98cm延長して複座(ふくざ、二人乗り)の練習機に改修し、
 1948(昭和23)年3月TF-80Cの名称で初飛行しましたが、翌年T-33Aと改称されて現在に至っています。
 カナダ・西ドイツ・ブラジル・ギリシャ・パキスタン・フィリピンなど西側諸国の空軍でも多数使用され、
 世界でもっとも多く生産されたジェット練習機です。
  わが国でも、川崎重工業が昭和30年代に210機を国産して、戦後の航空機工業の復興に多大な貢献をしました。
 それらの機体を中心に航空自衛隊が278機を保有して、1955(昭和30)年から2000(平成12)年6月まで、
 45年間もの長期にわたってパイロットの操縦教育など多目的に使用されてきました。
 日本での初飛行は1955(昭和30)年1月19日、総飛行時間は約145万時間、養成したパイロットは2,268人にも達しています。
  展示の機体は、121番目に国産された機体で、岐阜県各務原市(かかみがはらし)の飛行開発実験団で
 1995(平成7)年4月に用途廃止になったのち、1995(平成7)年9月当プラザに搬入されたものです。

 <データ>
  全幅11.8m  全長11.5m  全高3.5m  自重3,202kg  最大離陸重量6,850kg
  エンジン:アリソンJ33A-35×1基  最大速度965km/h  上昇限度14,500m
  離陸滑走距離838m  着陸滑走距離1,074m  航続距離2,000km  乗員2名」



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機体全体を見渡せる台に上がってみますが、そのままでは入りきりません。
そこで「iPhone5S」のパノラマで撮影しています。
主翼の先端にある赤いタンクは「外装燃料タンク」で、これにより約2,000kmを飛ぶことができるそう。
ただし、これがないときの飛行距離はわかりません(^^;

「外装燃料タンク
 ○機外の燃料タンクです。
  ジェット機は搭載燃料が多いので、特に戦闘機などの小型機の中には外装タンクを装備することができる機種があります。
 ○翼の先端(Tip)についている場合はチップタンク(Tip Tank)、
  胴体下面あるいは翼下面についている場合はドロップタンク(Drop Tank)と呼ばれています。
 ○操縦席のスイッチ操作で投棄することができます。
  また、チップタンクの場合は、不時に片方が外れた場合は釣り合いをとるために
  ほぼ同時にもう一方のタンクも投棄されるようになっています。(オートドロップシステム)
 ○タンク容量
  T-33 片方で235ガロン(ドラム缶約4.5本)  F-104 片方で175ガロン(ドラム缶約3.5本)」



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「T-33A」のとなりにあるのは木製の機体??
実はこれは「F-2B」のモックアップで、機種から操縦席後席部まであります。
1人乗りの「F-2A」は全体を製作したそうですが、「2B」では異なる部分のみ製作したんですね。

「F-2支援戦闘機(複座型) 機首部分のモックアップ
 現在、三菱重工業で生産中のF-2支援戦闘機複座型(2人乗り)の実物大の木製模型で、機首から操縦席後部までの部分です。
 航空機を製造する過程では設計図を引いたのち、その図面をもとにして実際の型を木で作ります。これをモックアップと呼びます。
 この木型は、図面の不具合なところを見つけ出して修正することに使用されます。
 F-2支援戦闘機の単座型は機体全体の木型が作られ、現在浜松広報館に展示されていますが、
 複座型は機首から操縦席までの部分だけが製作されました。
 全国に存在する唯一の貴重なもので、平成12年(2000年)9月航空自衛隊小松基地から貸与されました。
 F-2支援戦闘機のデータ  全幅3.00m  全長6.88m  全高3.11m  重量1,247kg」



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最後は「T-2」「ブルーインパルス使用機」です。
「T-2」は国産初の「超音速高等練習機」で、1971年(昭和46年)4月に初号機が完成しています。
「ブルーインパルス使用機」としては「F-86F」に次ぐ2代目で、1982年(同57年)から導入されました。
「後継機は国産機を使おう」という動きが大きかったそうです。
そして「T-2」は1995年(平成7年)12月3日、「浜松基地航空祭」で開催された175回目の展示飛行をもって
「ブルーインパルス」としての歴史を閉じました。
なおここに展示されている機体は元から使用機として製造されたものではなく、補充用として改修を受けたものです。

「三菱T-2超音速高等練習機(第2代ブルーインパルスチーム使用機)
 T-2型機は、三菱重工業で生産された空中戦闘にも使える国産初の超音速高等練習機で、
 1971年(昭和46年)4月に初号機が完成以来、96機が製造されました。
 展示の機体は63番目に製造された機体で1979年(昭和54年)6月に完成、
 1986年(昭和61年)6月に曲技飛行チームブルーインパルスの補充機として曲技飛行用に改修され、
 全国各地の航空ショーで華やかに空中演技を披露してきました。
 1995年(平成7年)12月28日の訓練フライトを最後に退役したのち、1996年(平成8年)10月に
 岐阜県各務原市(かかみがはら)の飛行開発実験団に移されて試験飛行の任務についていましたが、
 2000年(平成12年)6月22日で用途廃止になり、石川県航空プラザに展示されることになりました。
 機体の特徴としては、横操縦にエルロンを使用せず、スロッテッド・スポイラーと呼ばれる抵抗板を
 左右不対称に作動させる日本独自の技術が取り入れられています。

 <データ>
  全幅7.9m  全長17.9m  全高4.5m  自重6,197kg  最大離陸重量11,464kg
  エンジン:ロールスロイス/ツルボメカTF40-IHI-801A(最大3,207kg)×2基  最高速度M1.6  上昇限度15,000m
  航続距離2,600km  離陸滑走距離914m  着陸滑走距離610m  乗員2名  初飛行1971年7月」




2、9枚目 iPhone5S
ほかはすべて D700+24-120mmF4G/VR


次回は最終回、こまつの杜を訪ねます。

by sampo_katze | 2019-02-21 22:30 | 北陸 | Comments(0)


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