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青島にある社と森
マイル修行で宮崎訪問編・第3回


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「雨上がりのお社」


「宮崎県」「青島」散策の続きです。
これまで「宮崎県」は何度か訪れているんですが、観光をするのは実は今回が初めて。
それにもかかわらず、ほぼ数時間で折り返してしまうという・・・・・。
今回は「福岡」往復のパッケージに「宮崎」往復を追加したので仕方ありません。
「宮崎」滞在で「福岡」経由とするとかなり割高になってしまうというのありました。
どうしても修行中はフライト数にこだわってしまいますし(^^;

さて、「青島」といって思い浮かぶのは前回紹介した「鬼の洗濯板」と呼ばれるもの。
それ以外は頭に浮かびませんでした(汗)
今回の訪問にあたり調べてみると、島の真ん中に「青島神社」があるのを知りました。

古来から「青島」はそれ自体が神聖な場所。
江戸時代半ばまで旧暦の3月後半にある祭日を除き、一般人が立ち入れなかったとのことです。
また、創建とともに「社殿」が整えられた時期もはっきりしません。
「飫肥藩」(おびはん)を治めていた「伊東氏」によって、1503年(文亀3年)に再興されたという伝承があるよう。
ということで、今回は「青島神社」から見ていくことにします。


表紙の写真は、「青島神社」の「拝殿」です。
こんなに立派な建物が島の中にあるとは思わず、ちょっとびっくり。
そして雨上がりだったからか?空の明るさとのギャップも大変でした(^^;


「青島神社 宮崎県宮崎市青島
 御由緒
  彦火々出見命(ひこほほでみのみこと)が海宮からお帰りのときの御住居の跡として三神をお祀りしたと伝えられている。
  初めてお祀りした年代ははっきりしていないが、日向土産(ひゅうがみやげ)という国司巡視記(こくしじゅんしき)に
  嵯峨天皇の御宇(ぎょう 約1179年前)奉祟青島大明神(あがめまつるあおしまだいみょうじん)と書いてあったといわれる
  文亀(※ぶんき 室町時代約488年前)以後は藩主伊東家の崇敬が厚く御社殿の改築や境内の保護に万全を尽され、
  明治以後は国内絶無の熱帯植物繁茂の境内を訪ねる人が多く、縁結び、安産、航海、交通安全の神として、
  益々神威(じんい)が輝くようになった。
 御境内
  全島 449.3a 13,479坪 神社所有地
  昔から霊地として一般の入島は許されず藩の島奉行と神職だけが常に入島し一般は旧3月16日島開祭から
  島止祭(同月末日)まで入島を許されていたが元文2年(252年前)当時の宮司長友肥後が一般の参拝者にも入島を許されるよう
  藩主にお願いして許可され以後入島が自由になった。
  昔から聖域として保護されたので植物、岩石が自然のままに残り大正10年3月植物が、昭和9年5月岩石が天然記念物に指定され
  国の保護を受けることになったのである。
     平成元年11月 青島神社社務所」

※説明板より引用、以下同じ
 一部略 文亀:原文では糸へんに亀











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「拝殿」に向かって右手に伸びる小道を進みます。
その先には「元宮」があり、かつての「社地」だった場所と伝わっています。
小さな祠の右には貝殻が積まれた石がありました。
「真砂の貝文」とあり、浜辺で拾った貝殻をここに供えるのだそう。
わたしは浜辺より先にこちらに来てしまったので貝殻を拾ってませんでした(^^;

「真砂の貝文
 ここ青島は、2,400年前の隆起海床に貝殻が堆積してできた島である。従って青島の別名「真砂島」とも云う。
 古代万葉の人々は、和歌の中で「海の真砂」と詠み、数多い貝殻の中から自分の心情に合った貝を探し、
 それに想いと願いを込めたのである。
 青島では、貝の中でも特にタカラガイが真砂と呼ばれ大切にされてきた。
 神社前の浜辺にて真砂を探し、自分の思いと願いを込めてこの波状岩にお供え下さい。
 悠久の時を刻み続けるこの元宮の地であなたの想いは静かに息づく事でしょう。
   綿津見の浜の真砂を数えつつ 君が千年の在り数にせむ」



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小道の両側にはうっそうと茂る森が広がります。
約200種の植物のうち27種が「熱帯性植物」あるいは「亜熱帯性植物」で、北半球で最北の「亜熱帯性植物」の群落だそう。
これらの木の中でもっとも多いのは「ビロー樹」と呼ばれるもの。
たしかにこの様子はどこか南国のジャングルの中のようです。
この日はあいにくの小雨上がりの天気でしたが、おかげで木々が生き生きとしている感じがしました。

「ビロー樹(国指定特別天然記念物 大正10年3月指定)
 1.全島を殆ど覆って繁茂し、その数約5,000本である。
 2.最高樹齢は、約300年と推定される。
 3.春開花し実は晩秋に熟して落ち翌春発芽する。
 4.ビロー樹の成因に次の2説がある。
  (イ)漂着帰化植物説
    南より北に流れる黒潮のためにフィリッピンなど南方方面から漂着した種子又は生木が活着して漸次繁茂したという説
  (ロ)遺存説
    第三期前日本に繁茂した高温に適する植物が気候、風土環境に恵まれて今日に残存したものであるという説
 参考
  (イ)ビンロー(檳榔) ビロー(蒲葵)は異種である。
  (ロ)昔宮廷で使用された牛車の蒲葵庇車(ひさしぐるま)に用いるビローの葉を本島より宮中に献上されたと伝えられる。」



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「青島神社」を後にして、島の東側へと出ます。
引き潮の時間だったので、浜から少し歩いて「鬼の洗濯板」に出ることができました。
横から見ると上は分厚い岩盤のようで、下は薄い板が何層にも重なったような感じになっているのがわかります。


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「鬼の洗濯岩」の先端部分を真上から。
足下を小さな生きものが動く様子が見えました。


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突き出た岩の陰に小さな「カニ」がいました。
大きさは甲幅3~4cmくらいでしょうか。
警戒心が強く、近づくと岩の下に隠れてしまうので撮るのが大変。
それでもなんとかその姿をとらえることができました。
ほんとはもう少し大きく撮りたいところでしたが、かがむことすら無理だったので(^^;


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1個の岩が飛び出しているところがありました。
左側と下側はほぼ直線になっていて、まるで人工的に切り出したかのようです。
でもその下を見ると、もともとひび割れがきれいにまっすぐ入っていることがわかります。
それにしても、この岩は自然に外れたとは思えないですね。


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島の北側に伸びる遊歩道を通って、島の入口へと戻ります。
こちらは「青島神社」の「拝殿」の背後にあたるところ。
ほとんど人がいませんでした(^^;


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島の入口に架かる「弥生橋」まであと少しのところ。
このあたりは「鬼の洗濯板」とは別に、岩がまとまったものなどがつきだしています。
ほかの場所と比べると海流の影響が少ないのかもしれません。


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その中にはこんな「ハート」のような形をした岩がありました。
右半分はまだできかけといった感じですが、かなりクオリティが高いですね。
完成するにはあと何年かかるのかな?


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先の「ハート岩」があったところはこんな感じです。
ちょうどこのラインだけがほかの場所と明らかにちがう雰囲気になっています。



すべて D700+24-120mmF4G/VR


次回は最終回、宮崎と福岡空港での昼食などです。

by sampo_katze | 2019-05-08 21:00 | 九州 | Comments(0)


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