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ねぶたの家 ワ・ラッセ~プレ展示ゾーン
マイル修行で夏の青森~函館・札幌訪問編・第2回


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「赤い建物が目印」


夏の「青森」といえば、やっぱり「ねぶた」ですね。
毎年8月2日から7日にかけて開催される「夏祭り」で、期間中は延べ200万人以上の観光客が訪れるそう。
ぜひ本番も見てみたいところですが、何しろ多くのお客さんが来るのでそう簡単にはいきません。
ですが、「青森駅」からすぐのところに「ねぶた」に関する展示を行っている施設があります。
それが今回紹介する「ねぶたの家 ワ・ラッセ」です。

「ねぶたの家 ワ・ラッセ」は一般公募で決まった愛称で、正式名称は「青森市文化観光交流施設」といいます。
2011年1月5日に開館。
「ねぶた」の歴史や資料の展示、ホールでは「ねぶた」の実物を見ることができます。
おととしの夏に訪ねたときに初めて入ったんですが、これがなかなかの迫力!
ただ、そのときは体調不良だったので十分に堪能できませんでした(^^;
今回はそのときのリベンジということで、じっくり見ていきたいと思います。


表紙の写真は、「ワ・ラッセ」の外観です。
周囲を赤の薄板に囲まれているのが特徴的で、手前にある白い部分が入口になっています。
写真の左側には「青森ベイブリッジ」が見えるので、それとの組み合わせもいい感じですよ。










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館内に入ってすぐの「エントランスホール」に、さっそく小さめの「ねぶた」が展示されています。
これは前年の2017年8月から11月にかけて行われた「第7回全国小・中学生 ねぶた下絵コンクール」
「小学生の部」で、最優秀賞に輝いた作品を基に製作されたもの。
中央の人物に襲いかかる大波に対し、魚たちが力を合わせて立ち向かうシーンを描いています。
小学2年生の「国語」の教科書に掲載される「スイミー」から着想を得たんだそう。
ただわたしの撮り方が悪くて、後ろに連なる魚たちがよく見えません。
作品のテーマの中でも大事な部分なだけに、これは失敗でしたね。

「第7回全国小・中学生 ねぶた下絵コンクール
 小学生の部 最優秀賞  まもり
 横山 文音 青森市立浜田小学校 当時2年
 監修:立田 龍宝(ねぶた師)  製作:細川 知敬(立田氏の弟子)

 国語の教科書で『スイミー』を読んだとき、
 『小さくてもみんなで力を合わせれば、大きな力になる』ということをべんきょうしたので、
 お魚のねぶたをかきたいと思いました。
 1人の力は小さくても、だれかをたすけたいという気もちがたくさんあつまったとき、
 みんなできょう力し合って、たすけになるといいなと思って、このねぶたをかきました。
 右のほうのくらい色のなみは、男の人におそいかかっていて、きれいなお魚たちがまもっているところです。」

※説明板より引用、以下同じ


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「エントランスホール」の左側にある階段で2階に上がります。
階段の先、1階からも見える場所に2基目の「ねぶた」があります。
同じく「下絵コンクール」で、「中学生の部」の最優秀賞を受賞した作品から。
「青森県平内町」(ひらないまち)の「雷電宮」(らいでんぐう)に伝わる伝承が基となっています。

「第7回全国小・中学生 ねぶた下絵コンクール
 中学生の部 最優秀賞  小湊・雷電宮 七戸尚政と使姫
 太田 空良 五所川原市立五所川原第一中学校 当時3年
 監修:北村 春一(ねぶた師)  製作:板垣 大地(北村氏の弟子)

 天正八年、小湊領主・七戸修理尚政は、南部家を離反したため、その進攻を受けた。
 覚悟を決めた尚政が平内・雷電宮に参拝すると、どこからか数千羽の白鳥が現れた。
 さらに、それを見た南部兵は援軍と勘違いし、撤退した。
 それ以来、この地では白鳥を使姫(神使)として保護し、有数の白鳥飛来地となった。
 生きとし生けるものの、平穏と協和を願い、七戸尚政戦勝祈願の図を顕す。」



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この作品のポイントは2羽の「白鳥」
「七戸尚政」を導くがごとく飛び立っていきます。
現在も「雷電宮」の近くに「小湊のハクチョウおよびその渡来地」があり、「国の特別天然記念物」に指定されています。


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2階にある「チケット売り場」で購入し、さぁ展示場へ・・・・・と、その前に。
同じエリアに様々な展示がされていたので、そちらを見ていくことに。
前年はぜんぜん見てませんでしたので(^^;


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これは「大正・昭和初期のねぶた運行光景」です。
中央の1人が「ねぶた」を立て、4人が周りで支えています。
「ねぶた」は縦に長いところが特徴ですね。


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時代が下って「1953(昭和28)年 ねぶた小屋の風景」
「ねぶた」が大型化し、現在のスタイルに近い形になっています。


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1957年(昭和32年)の「ねぶた」のポスター。
ご当地出身の「棟方志功」が描いたものとのことです。
タイトルが「港まつり ねぷた」になっていますが、これは1947年(昭和22年)に開催された「復興港まつり」が始まり。
その翌年から「青森港まつり」と「ねぶた祭」が1つとなり、「港まつり」と呼ばれるようになったよう。
そして1958年に「青森ねぶた祭」と名前が変わりました。


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これが現在の運行光景。
先導車の後ろに「前ねぶた」「ハネト」と呼ばれる踊り手が続きます。
そして引き手に引かれて「大型ねぶた」、その後ろに「囃子方」と長い隊列が続きます。


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ここからは有料エリアです。
最初は「ねぶた」についてのさまざまな解説が見られます。
これは「チケット売り場」前に展示されていた模型と同じ感じですね。

「時代で変化する ねぶたの大きさ

 人の肩で担いでいた 明治・大正期
  昔のねぶたは人が担ぐ「担ぎねぶた」でした。
  一人で担ぐものから、江戸末期~明治の初めには何十人で担ぐ大型のものも登場しました。

 電化により横長に 昭和20年代
  バッテリーを積むためリヤカーや台車に乗せて引くようになると、ねぶたはやや大型化し、
  形も縦長から横長へと変化していきます。

 横長型が定着 現在
  昭和30年代から、電線やアーチ看板を避け、幅の広い道路に対応した横長のねぶた
  「シネマスコープ型」が主流となります。」



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「ねぶた」を形作る素材と、それを浮き立たせる照明の変遷。

「素材で変化する ねぶたの形
  素材が変わると、ねぶたの形も変わっていきました

 竹・ろうそく
  竹の骨組みと、ろうそくの灯りのねぶたは、細かい細工ができず、
  また紙が燃えるのを防ぐため、だるまのような形をしていました。

 針金・電球
  自由に曲げられる針金や、紙に燃え移る心配のない電球に替わったことで、
  より複雑な造形や細かな細工が可能になりました。

 蛍光灯・エコ電球
  蛍光灯が普及すると、色や質の特性を生かし、部分ごとに照明を使い分けるようになります。
  近年は電球型蛍光灯やLEDも使われています。」



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最後は「ねぶた祭の運行」の隊列。
1枚では入りきらないので、パノラマで撮りました。
それだけ長いんですね~。



12枚目 iPhone5S
ほかはすべて D700+24-120mmF4G/VR


次回は、ワ・ラッセのメイン展示ゾーンです。

by sampo_katze | 2019-05-16 21:00 | 東北 | Comments(0)


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