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松本駅でのランチと旧開智学校
8月限定!松本空港周遊2020編・第5回



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「空港と松本駅を結ぶバス」


「松本空港」からバスに乗って「松本駅」へと移動します。
「松本駅」前にある「バスターミナル」との間を直行する「エアポートシャトル」と、「路線バス」の2系統があります。
「シャトル」は飛行機の到着に合わせて出発するため、到着後に空港内をめぐる時間はあまりなし。
それに対し「路線バス」はおおよそ1時間おきに定時で出発します。
出発時間にさえ気をつけていればいいので、ありがたいですね。
今回は空港内めぐりをして「シャトル」とは合わなかったため、「路線バス」を利用します。


表紙の写真は、「空港ターミナル」前で出発を待つ「路線バス」です。
運行しているのは「松本市」に本社を置く「アルピコ交通」
白地に5色のラインが入るのが特徴で、「Highland Shuttle」がキャッチコピーとなっています。
運行形態によってこのコピーも異なっているようですね。
「新宿」「上野」などで見られる「高速バス」「Highland Express」です。

「路線バス」を利用すると、ここから「バスターミナル」までは30分ちょっと。
直行の「エアポートシャトル」でもほぼ同じ所要時間です。
それほど大きな荷物がなければ「路線バス」もありですね。

さて「バスターミナル」で降り、大きな荷物を預けて散策を~と思ったところ。
なんと車内に「スマホ」を落としてしまったらしい!(汗)
すぐに「バスターミナル」で問い合わせてもらったところ、乗車してきたバスの中で見つかったとのこと。
とりあえず行方不明にならず、よかった~とほっと一息。
バスは次の運用にはつかずそのまま車庫に向かったとのことなので、そこまで行くことになったのですが・・・・・。

「スマホ」がないから車庫の場所もわからないし、電話もかけられない!
ひとまず駅構内で「公衆電話」を探し、先方に連絡。
「スマホ」が見つかったことを確認し、続いて駅前にあった「交番」で車庫の場所を教えてもらいます。
とはいえ川の向こうにあるくらいはわかったものの、詳細は覚えきれずにあやふや(汗)
大丈夫なんだろうか?と向かっている途中、「回送」となったバスを発見!
その行く方向をたどっていくことでなんとか到着し、無事回収することができました(^^)
いかに「スマホ」に頼っていたかを痛感したひとときでしたね。










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空港から「バスターミナル」に到着したのは11:30頃でした。
ですが先に書いたハプニングの回収に時間がかかり、「松本駅」に戻ってきたのは約1時間後!
暑い中歩いて往復したのですが、考えたら「タクシー」に乗ればよかったんですね。
そうすれば暑さもしのげるし、迷わずに行けたでしょうから(^^;
でも「スマホ」がないということにテンパってたんでしょうか(笑)

それにしてもすっかりおなかがすいてしまって。
おじゃましたのは駅ビルの4階にある「ご飯屋 松本駅ビルMIDORI店」
「生産者直営食堂」という文字と、ご当地名物の「山賊焼」が食べられるということに惹かれました。
ただ残念なことに昨年2021年1月末日に閉店となってしまったようです。


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壁に書かれたアピール。
これもここで食べようと思ったきっかけの1つです。

「農家直営食堂
 当店は、山形村名産「長いも」を使ったとろろ定食と自家栽培の米
 地元名物「山賊焼き」を中心としたお食事、おつまみをご提供する農家食堂です
 信州の美味がここにある」



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オーダーしたのは「おろし山賊定食」
「鶏もも肉」が2枚?とボリューム満点!
これで1100円(税抜)なので、かなりお値打ちです。
暑かったので「生ビール」とあわせてオーダーしてもよかったかも?(^^;
おいしかったです☆

おなかを満たしたら、散策を始めます。
といっても歩いて回るのは暑いので大変!(汗)
そこで駅前を起点に名所近辺を回るバス「タウンスニーカー」を利用します。
運賃は1回200円、車内で買える1日乗車券はなんと500円!
これは利用しないわけにはいかないですね(^^)
コースは東西南北の4つがあり、いずれも運行間隔は20~30分おきなので便利ですよ。

この日は「松本駅」の東側、「お城口」のバス乗り場近くでも1日乗車券を販売していましたね。
夏休み期間中なので臨時販売所があったんでしょうか。
ちなみに「バスターミナル」でも購入できるとのことですよ。


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今回は「タウンスニーカー」の「北コース」に乗車します。
このコースは「松本城」「旧開智学校」の両「国宝」をめぐるコース。
半日観光には最適ですね。
そしてコースのもっとも奥に位置する「旧開智学校」バス停で下車。
そこから戻りつつめぐるのが効率がいいかと考えたので。
いざとなれば駅に向かって歩いていけばいいですからね。

さてバスを下車すると、すぐ前方に淡い青色の建物が目に入りました。
こちらは「松本市旧司祭館」
場所柄「旧開智学校」との関連があるかと思いきや、まったく別個の建物のよう。
元はここから南東に直線距離で約500mのところにある「カトリック松本教会」にあったもの。
道路拡幅に伴い、1991年(平成3年)に現在地に移転されたとのことです。

「旧司祭館
 〔沿革〕
  〇松本城周辺の都市計画街路拡幅事業に関連して松本カトリック教会は、施設の再配置を計画し、
   旧司祭館の取り壊しを予定したが、貴重な文化財の保存を決意、平成元年10月司祭館を市へ寄贈した。
  〇松本市は、この建物の文化財としての価値を認め、保存のための移転復原事業を進め、
   移転先を重要文化財・旧開智学校の在る開智公園に定め、平成2年10月解体工事着手、
   翌平成3年3月復原工事に入り、同年10月に竣工した。
  〇この移転復原事業に際し、平成元年12月松本市芳野19番48号所在のキッセイ薬品工業株式会社
   (代表取締役・神澤邦雄氏)から文化財存事業のためにと寄付金6,000万円が寄せられた。
  〇このほか、この復原事業に当たっては、大河直躬(おおかわなおみ)博士、百瀬常雄氏、
   カトリック教会横浜司教区等をはじめ、多くの関係者のご指導、ご尽力があったことにより進められた。
 〔概要〕
  〇旧司祭館は、明治22年(1889)松本カトリック教会神父クレマン(フランス人)により、
   旧藩政時の武家屋敷跡(松本市丸の内9番32号)地に建築された西洋館で、アーリーアメリカン風の建築様式を伝え、
   各部屋には暖炉を配し、1・2階ともベランダを備え、外壁に下見板張りを施すなど、随所に西洋館の特徴を表している。
  1,建築年 明治22年(1889)
  1,建築面積 1階 102.64㎡  2階 100.09㎡
  1,建築様式 アーリーアメリカン(コロニアル風) 木造2階建て
  1,復原位置 松本市開智2丁目6番24号
  1,復原年月日 平成3年10月
  1,施工会社 (株)ノグチ  協力会社〔(株)雲井〕
     平成3年11月吉日 松本市教育委員会」

※説明板より引用、以下同じ


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「旧司祭館」は内部見学が可能で無料です。
せっかくなので暑さしのぎも兼ねて館内へと入りました。
ここは入口と反対側にある「ベランダ」
外とはガラス戸で仕切られているのが特徴です。
「松本市」の冬はかなり冷え込むからのようですね。

「松本市旧司祭館の特徴  下見板とガラスに囲まれたヴェランダ
 〇旧司祭館と下見板
  旧司祭館にように外壁に下見板を用いる建築法は、アメリカから日本に伝わったといわれています。
  移動と開墾をくりかえす 開拓時代に適した建築としてアメリカで発展した下見板建築は、
  まず日本の北海道にやってきます。
  明治初期の北海道の開拓には、アメリカ人の技師団が関わっていたため、アメリカ式の下見板建築が多く建てられました。
  その後、東北地方でも下見板建築が増えていき、日本の北から徐々に広がっていったとされています。
  旧開智学校校舎のような漆喰(しっくい)を主にした壁より、メンテナンスが簡単であったことから、
  明治20年ころからは下見板の建築が全国で主流となりました。
 〇ガラス窓に囲まれたヴェランダ
  ヴェランダは、幕末から明治初期に日本に入ってきたコロニアル建築の要素の一つです。
  コロニアル建築とは、ヨーロッパの国々がインドや東南アジアに入植した際に、亜熱帯の気候に対応するために
  誕生した洋風建築です。広いヴェランダが特長といわれています。ヨーロッパを起点に地球を東回りにめぐって
  日本に入ってきた建築様式で、長崎・横浜・神戸といった開港地から全国へ広まっていきました。
  ただし、日本の寒冷な気候に開放的なヴェランダは合わなかったのか、
  日本各地でガラス張りのヴェランダが多く造られました。
  旧司祭館のヴェランダもあとからガラス窓がつけられたのかもしれません。」



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続いて道を挟んで東側にある「旧開智学校」へ。
こちらの見学は有料ですので、敷地入口で入館の手続きを取りましょう。
南側に回ると建物全体を見ることができます。
柵外からも見えなくはありませんが(^^;
でもせっかくなので内部も見学してみたいですからね。

「国宝 旧開智学校校舎
  構造:木造2階建・寄棟造(よせむねづくり)・桟瓦葺(さんかわらぶき)・中央部八角塔屋付
  建築面積:513.98㎡   設計・施工:立石清重(たていし せいじゅう)
  沿革
   明治6年(1873)5月:市中心部を流れる女鳥羽川(めとばがわ)沿い(現中央1丁目)に開智学校開校
   明治9年(1876)4月:擬洋風校舎を新築。建築費約1万1千円のおよそ7割を学区内の地域住民が負担した
   昭和36年(1961)3月:国重要文化財に指定
   昭和38年(1963)4月:開智小学校と近隣の田町小学校が統合され、新しい開智小学校として開校。南側へ新校舎建築
   昭和39年(1964)8月:旧校舎の現在地への移築復元工事竣工
   昭和40年(1965)4月:教育博物館として開館
   令和元年(2019)9月:国宝に指定」



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建物入口の構造。
和風と洋風が融合した「魏洋風建築」になっています。
こうして細かく説明があるとわかりやすくていいですね。


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教室の様子。
机も椅子もすべて木でできています。
小学校低学年の生徒向けと思しきとても小さなもので、かわいらしかったですね。
右の壁際に置かれているのは「オルガン」でしょうか。
奥のほうに入ることはできなかったのはちょっと残念でした。
以前に来たときは入れたような気がしたんですが、どうだったかな?


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寒い時期に暖を取るために使われていた「石炭ストーブ」
その形から「ダルマストーブ」とも呼ばれていました。
上部には煙を逃がすための煙突がつなげられます。
左の置かれているバケツの中には「火搔棒」(ひかきぼう)。
燃料の石炭がまんべんなく燃えるように調整するために使われるものかと。


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明治12年1月に刊行された教材。
すべてひらがなですが、一部では旧字?が使われています。
なので読めないものもありますね(^^;


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2階の南側にある「講堂」
館内ではもっとも広いエリア。
通路とは壁で隔てられてはおらず、開放的な空間になっています。
ただ、どのような用途だったのかはよくわかりません。


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明治末期に作られた椅子と一体となった机。
机と椅子の脚がつながっているのが特徴ですね。
試作1号ということなので、このあといくつか試作がなされたのかもしれません。

「明治41年試作机腰掛1号  明治41年(1908)
 机と椅子が一連となった机です。生徒が出入しやすいように、
 腰掛けの角や机の脚がなめらかな曲線に作られています。
 椅子の下の棚は、生徒が弁当を置いたものでしょう。」



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天井の照明はロウソク。
その周辺には彫刻が飾られています。
もっとも現在は電灯に替えられていますけど。


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校舎内に8か所ある「桟唐戸」(さんからど)と呼ばれる扉。
見事な彫刻が飾られています。
またその下に見える木目は自然のものではなく、手描きによるものなんだそう。

「桟唐戸
  彫刻のついた桟唐戸は校舎の中に8面あります。この場所の桟唐戸は一番古いものです。
  近くにあった浄林寺から転用されました。木彫師の原田蒼渓(はらだそうけい)の作で、
  飛竜と立浪の優れたデザインが特徴です。
 木目ぬり
  この扉に出ているきれいな木目、実はペンキで描かれた木目です。
  木製の扉を一度ペンキでぬりつぶして、その上に木目を描き表した木目ぬりという技法です。
  この扉と同じタイプの扉は全て木目ぬりによって描かれています。」




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次回は、松本城を訪ねます。
by sampo_katze | 2022-01-24 21:00 | 東海・中部 | Comments(0)


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