2018年 03月 13日 ( 1 )
八甲田丸・遊歩甲板~車両甲板とエンジンルーム
夏の函館~青森訪問2017編・最終回


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「青森ベイブリッジからアスパムまで」


「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」の後半です。

「八甲田丸」は1964年(昭和39年)8月に「津軽丸型」の第2船として就航しました。
「津軽丸型」とは1961年(同36年)から計画された旧船の置き換えにより誕生したグループです。
戦後の「高度経済成長」に伴い増加する輸送力への対応と高速化、操船の自動化や遠隔化などが図られています。
それまでの「青森」「函館」間の所要時間を4時間30分から3時間50分へと大幅に短縮。
そのことから「海の新幹線」とも呼ばれました。

このグループのうち「八甲田丸」と第1船の「津軽丸」、第3船の「松前丸」は3~4か月ちがいで建造されました。
そのためか装備機器の仕様が異なっていたそう。
幸い「八甲田丸」に装備されていたものは第4船から第7船にも採用されました。
「津軽丸」と「松前丸」が耐用年数18年をもって引退したのに対し、「八甲田丸」は延命工事を受けて現役続行。
1988年(同63年)3月の「青函連絡船」の最終日まで運航に従事し、「青森」→「函館」の下り最終便を受け持ちました。
その期間は23年7ヶ月と歴代最長になっています。

同年7月から9月に開催された「青函トンネル開通記念博覧会」では、青森会場のパビリオンとして展示。
その翌年の1989年(平成元年)9月から翌年5月にかけて「三菱重工横浜製作所」「博物館船」への改造工事を受けました。
そして1990年(同2年)7月、展示施設として一般公開され現在に至ります。

「青森」はこれまで何度か訪ねているんですが、「八甲田丸」を訪問するのは今回が初。
特に前回だったかな?その存在を思い出したものの、すでに閉館間近の時間!
とてもじゃないけれど見回りきれないなと思って訪問を断念した記憶があります。
これは「函館」の「摩周丸」も同じで、今回両方を訪れることができました。


表紙の写真は、4階の「航海甲板」にある「展望プロムナード」からの眺めです。
右舷から後方を眺めると「青森ベイブリッジ」「青森県観光物産館アスパム」などが見えます。
空には雲が多かったですが、夏らしい青空ものぞいていて気持ちよかったです(^^)


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青函連絡船の歴史がわかる・・・
by sampo_katze | 2018-03-13 21:30 | 東北 | Comments(0)