人気ブログランキング |
<   2009年 08月 ( 16 )   > この月の画像一覧
子育ては父の役目
けだま詣で2009夏 in 掛川花鳥園編・第3回。


c0081462_20204678.jpg
「遊んできま~す」


今回の掛川花鳥園訪問の最大の目的は「アフリカレンカク」のヒナです。
でも、花鳥園の中でははっきり言って地味な存在。
彼らがいるスイレンプールのあるエリアは、頭上を色鮮やかなインコたちが飛び交い
プールには色とりどりの熱帯スイレンが咲き乱れます。
そしてプールサイドのエリアにはクジャクバトやキンケイ、テリムクドリなどもいて目移りしてしまいますから。
さらに彼らの行動範囲は3つあるスイレンのプールのうちの1つに限られ、そのうちの1つとわかっていても
あまり目立たないので、見つけるのが難しいというのもあります。

でも、生まれて間もないその姿を見てしまったら?
たとえ人工の環境下であったとしても、その愛らしさに魅了されてしまうことでしょう。
わたしなんかはすっかりその虜になってしまって「ヒナが生まれた」と聞いては出かけてしまうほどになってますから(^^ゞ


ちなみにアフリカレンカクの社会は「一妻多夫」
メスは卵を産むだけ(というと語弊がありますが)で、巣作りから子育てまではオスの仕事です。
そしてより多くの子孫を残そうとメスは次の卵を生むために、ヒナを殺してしまうこともあるんだとか。
そのためヒナが産まれたあとのオスは、メスをヒナに近づけないように威嚇して追いかけまわすことも。
でも、今回見ていた中ではそのような状況はありませんでした。
天敵がいないことで、意識が変わったのかな?なんて(勝手に)思っているんですが。
あるいは、もう1羽いた成鳥はメスではなかったのかも?


表紙の写真は、今回生まれた4羽のヒナのうちの2羽。
体の割りに大きく伸びた足のおかげで、水面に浮かぶ葉っぱの上を沈むことなく歩き回ることができます。
体長は5cmほど、体重も6gほどでまさに「けだま」そのものといった感じです☆

「けだまを見に行くことを焦る理由・・・
by sampo_katze | 2009-08-31 20:25 | 花鳥園 | Comments(0)
見どころ満載の飛行ショー
けだま詣で2009夏 in 掛川花鳥園編・第2回。


c0081462_20362572.jpg
「風を感じるほど接近☆」


花鳥園では1日3回(10時30分、13時、15時)、屋外にあるエミュー牧場前で飛行ショーが行われます。
登場するのはフクロウ(ベンガルワシミミズク)やタカ、最近はコンゴウインコとヘビクイワシもメンバーに加わって
バラエティに富んだショーが展開されます。
残念ながら雨の日や強風などの悪天候のときは屋内でのフクロウの飛行ショーのみになってしまいますが
それでも普段は見られない鳥たちの飛ぶ姿を間近で見られるのですから、一見の価値あり!

担当するのは花鳥園のバードスタッフと、イギリスから鳥たちと一緒に「飛んできた」(!)鷹匠の「ギャリー」さん。
ヘビクイワシとハクトウワシは今のところギャリーさんが不在のときは見ることができません。
また、鳥たちの体調などによっては見られないこともあるので注意が必要です。
花鳥園公式HPの「バードスタッフブログ」に情報が出ているので、お出かけ前にチェックしておくといいですよ。
人気者のアフリカオオコノハズクの「ポポちゃん」も、番組収録などのため出張することがありますからね。


表紙の写真は、3回ある飛行ショーのうち午後の部2回に登場する「ハリスホーク」(モモアカノスリ)です。
単独行動が基本の猛禽類の中にあって、群れで狩りをするちょっとめずらしいタイプ。
そのためか人にも馴れやすく、鷹匠の入門鳥としても使われることもあるよう。
もちろん、人の頭の真上を通過することも簡単。
今回初めて頭上ギリギリを通過していきましたが、その瞬間には結構な「風」を感じました。

とんだ"珍客"も・・・
by sampo_katze | 2009-08-29 20:40 | 花鳥園 | Comments(2)
2009初代けだまのその後
けだま詣で2009夏 in 掛川花鳥園編・第1回。


c0081462_2019453.jpg
「お疲れ気味?」


お盆休み真っ最中の8月14日、静岡県にある「掛川花鳥園」を訪問しました。
今年は5月20日が最初で、今回は2回目です。

前回の目的は「コブハクチョウ」のヒナ、通称「けだまぁズ☆」でした。
そして今回の最大の目的は「アフリカレンカク」の「けだまぁズ☆」!
8月9日に2日かけて生まれたとのことなので、この日なら生後1週間以内!
これはチャンスです☆
今まで何度か見ていますが、最高にかわいい「けだま」が見られるのはこの日しかない!!

それと公式HPにあるスタッフブログに「ギャリーさん」の不在日が出ているのですが、この日はいらっしゃるよう。
前回訪ねたときは運悪く不在日と重なってしまい、「ハクトウワシ」「ヘビクイワシ」のショーが見られなかったんですよ。
なので、これもぜひ見たかった!

お盆のラッシュや11日に発生した地震の影響が少し心配でしたが、
幸い地震の影響は花鳥園には全くなかったようで安心(^^)
また、行きは下り方面となるからなのか新幹線も予想以上に空いていて楽でした。


表紙の写真は、掛川花鳥園のスーパースター「アフリカオオコノハズク」「ポポちゃん」です。
警戒のため細くなったり大きくなったりと、元の姿からは想像もできないほどの「大変身」を遂げる姿が
フジテレビ系の「ザ・ベストハウス123」で紹介され、それ以来掛川一の人気者になりました。
番組の視聴率もこのときはかなり高かったらしく、今では番組のマスコットにもなっているよう。
ポポちゃんのいるエリアには、金色の巨大な「ポポちゃん像」まで登場しています!(笑)

もっともこの警戒のポーズは、この子にとってはストレス以外の何者でもありません。
このため残念ながら一般には公開されていませんし、無理に驚かせたりしないように(^^;
なお、わたしがTVで初めて見たのは2005年11月16日に放映された「トリビアの泉」でした。
このときは細くなる姿しか見られませんでしたけどね(^^ゞ


掛川花鳥園公式HP

まさに「目の前」で見られます☆
by sampo_katze | 2009-08-27 20:25 | 花鳥園 | Comments(4)
湯けむり美術館
江戸東京たてもの園編・最終回。


c0081462_2152649.jpg
「下町の社交場」


久しぶりに長期連載になった本編もようやく最終回。
歩きつかれた体を癒すためにお風呂に入ってさっぱりして、そのあとは居酒屋で一杯。
なんちゃって(^^ゞ


表紙の写真は、足立区千住元町にあった銭湯「子宝湯」です。
建築年1929年(昭和4年)、復元年1993年(平成5年)。
施主は石川県七尾市出身の小林東衛門(こばやしとうえもん)氏。
千住のほか町屋と西新井に同名の銭湯を建築、ほかに2件の銭湯とともに経営をしていました。
この千住の子宝湯には4~5万円の経費をかけ、石川県から気に入った大工を連れてくるほどの熱の入れよう。
当時の一般的な銭湯建築費用が約2万円ということを考えると、まさに破格ですね。

ここでは取り上げていませんが、入り口の唐破風屋根の下には「七福神の宝船」があります。
この彫刻だけでも2階建ての家が建つほどの費用がかけられているんだとか。
まさに贅沢を極めたつくりになっているんですね。

戦後に小林氏が銭湯経営を縮小するにあたり、平岡家が千住の子宝湯を買い取りました。
そして1988年(昭和63年)に廃業。
各家庭に風呂があるのが一般的になってきたことが大きな理由で、これも時代の流れですね。

なお建物の外観は創建当時のものを、内部は昭和30年代の様子を再現しています。


東京都浴場組合(東京都公衆浴場業生活衛生同業組合)
銭湯@Wiki

大きなお風呂は気持ちいい☆
by sampo_katze | 2009-08-25 21:10 | 博物館・美術館 | Comments(0)
再現された下町
江戸東京たてもの園編・第7回。


c0081462_21273163.jpg
「下町の夏・1961」


都電6系統にゆられることしばし、新橋の手前にある「南佐久間町」電停で途中下車しましょう。
電車を見送ったら、往来する車に気をつけつつホームを下ります。
その目の前に伸びる路地の両側には昭和初期に建てられた店が並んで、ちょっとした商店街が展開します。

西ゾーンでは、江戸末期から昭和にかけて建てられた商店が主に並んでいます。
そのためこの「下町中通り」は商店街のような雰囲気になっているんですね。
建物の中は当時のお店の状況なども再現されているので、店の奥から主人が出てきて
「いらっしゃ~い」なんて声をかけてくれそうな感じです。
たてもの園に来ていることを一瞬忘れてしまいますよ。


表紙の写真は、通りの真ん中あたりから撮ったもの。
縁日のようなものが出ていて、ちょっとした夏祭りのような状況になっていました。
古いカメラで撮ったような雰囲気を出したくて、モノクロにぼかしを加えてあります。

プチ・タイムスリップ・・・
by sampo_katze | 2009-08-23 21:30 | 博物館・美術館 | Comments(0)
レトロな乗り物たち
江戸東京たてもの園編・第6回。


c0081462_21221673.jpg
「Hi!How's it going ?」



今回から3つ目の東ゾーンです。
ここは下町の雰囲気を再現したエリアになっています。
個人邸はなく店舗兼住宅といった建物がほとんどで、この手の建物が増えていくと
ちょっとした下町商店街ができるのでは?というくらい。
広場では子供たちがコマをまわしたり、自転車のホイールを棒で転がしたり(←わかります?^^;)と
懐かしい遊びに興じていました。
また、下町中通りの入り口付近には2種類の乗り物が屋外展示されています。


表紙の写真は、そのうちの1つ「ボンネットバス」です。
いすゞ「TSD43」1968年式。
元は航空自衛隊の使用車両で、現在の塗装は映画出演の際に変更されたものだそう。

なんと現役で稼動しています!
もっとも休日などに限定されていますけどね。
そのためか、テントのような屋根がついたところに保管されています。

魚眼を使って真正面から撮ったらバンパーがグニャッと曲がって、まるで笑ってるように見えます。
「やぁ!よく来たね。調子はどうだい?」
なんて感じで(^^)


ボンネットバス@Wiki

古いほうがかっこいいっ☆
by sampo_katze | 2009-08-21 21:25 | 博物館・美術館 | Comments(0)
ようやく折り返し
江戸東京たてもの園編・第5回。


c0081462_20384117.jpg
「江戸の霊廟建築」


ようやく2つ目のエリア「センターゾーン」に入りました。
この時点で時刻は13:00をとっくに過ぎています。
西ゾーンではなんでもかんでもじっくり見るという悪いクセが出て、進みが遅くなったわけで(^^;
そんなこともあり、後半はちょっとラフな展開になります。
センターゾーンの建物の紹介は今回1回限りですし(苦笑)
まぁ、どちらにしてもまた機会を改めて再訪したいと思ってはいるんですけど。


表紙の写真は、エントランス広場右手前方にある「旧自証院霊屋」(きゅうじしょういんおたまや)です。
建築年1652年(慶安5年)、復元年1995年(平成7年)。

この建物は徳川三代将軍・家光の側室「お振りの方」の霊廟(れいびょう)です。
娘の「千代姫」は母を弔うため新宿区富久町に「自証寺」を開基しました。
霊廟も同時に建てられたものと思われ。
さすがに日光東照宮ほどの煌びやかさはありませんが、側室の霊廟としてはかなり豪華な造りといえ
当時の徳川家の隆盛を伝える建物の1つといえるでしょう。

建築に携わったのは江戸幕府作事方大棟梁の家系である甲良氏の3代目「甲良宗賀」(こうらむねよし)。
初代将軍・徳川家康を祀る「日光東照宮」の建立に携わった初代「甲良宗広」(むねひろ)の一族です。
宗賀はこのほかに、日光東照宮や東京タワーそばに建つ増上寺の修繕などに携わっていますが
特に東照宮の修繕に際しては褒美として切米100俵と市ヶ谷の土地を拝領したそう。
ただし本人は拝領地には居住せず、千住に屋敷を設けていたようですが・・・・・。
拝領地となった場所は、現在「市谷甲良町」(いちがやこうらちょう)として名を残しています。


甲良氏@Wiki

鎮魂の建物・・・
by sampo_katze | 2009-08-19 20:40 | 博物館・美術館 | Comments(0)
田園調布に家が建った
江戸東京たてもの園編・第4回。


c0081462_20382284.jpg
「憧れの郊外住宅」


今回は「田園調布の家(大川邸)」を訪ねます。
建築年1925年(大正14年)、復元年1995年(平成7年)。

田園調布というと「高級住宅街」というイメージがあります。
その歴史は1923年(大正12年)、実業家「渋沢栄一」が設立した「田園都市株式会社」による宅地分譲が始まり。
ただし、この頃の会社の支配人は息子の秀雄氏に代わっています。
多摩川台地区(当時)で開発されたのですが、折りしもその年の9月1日に「関東大震災」が発生。
都市から郊外へと移住する風潮が生まれ、分譲地の売れ行きは好調だったようです。


表紙の写真は、その住宅の1つで当時鉄道省の土木技師を務めていた大川氏の住居です。
大川氏は写真を趣味とされていて、当時の生活状況をたくさん写真に収めていたようです。
また大川家には創建時の設計図も保存されていて、ほぼ完全な形で創建当時に復元することができました。
なおこの建物は増改築を重ね、1993年(平成5年)まで使われていたとのことです。


田園調布@Wiki

おじゃましま~す・・・
by sampo_katze | 2009-08-17 21:00 | 博物館・美術館 | Comments(2)
ふたりの建築家
江戸東京たてもの園編・第3回。


c0081462_2229152.jpg
「宝形造りのある家」


エントランス広場から向かって左手に伸びる広い通りを「山の手通り」と呼んでいます。
この通りの南側に先に紹介した「常盤台写真場」と「三井邸」があり
通りの先には農家の「綱島家」「吉野家」など、江戸時代の建物が並びます。
時計回りにこれらを巡ったあと、通りの北側に並ぶ戦前に建築された3棟を訪ねました。
今回はそのうちの2棟を紹介します。


表紙の写真は、現在の文京区西片2丁目にあった「小出邸」です。
建築年は1925年(大正14年)、復元年は1998年(平成10年)。
設計した「堀口捨己」(ほりぐちすてみ)は東京帝国大学(現在の東京大学)建築学科の出身で
1920年(大正9年)に日本最初の近代建築運動となった「分離派建築会」のメンバーのひとり。
1923年(大正12年)7月から翌年1月までヨーロッパに留学し、帰国後に著書「現代オランダ建築」を発表。
同年にこの建物を設計し、翌1926年6月に竣工しました。
このため堀口にとっての最初の作品とされています。

この家の外観の最大の特徴は、写真左手のちょうど木で隠れているあたりの屋根の形。
ここがピラミッドのような形をした屋根(宝形造り)になっているんです。
このときはそんなことはつゆ知らず、何の変哲もない写真になってますが・・・・・(--;



分離派建築博物館
※分離派、そのメンバーと建築物などについて詳しく紹介されています。

堀口捨己
前川國男
いずれも@Wiki

創建当時のまま・・・
by sampo_katze | 2009-08-15 22:30 | 博物館・美術館 | Comments(0)
三井邸の粋
江戸東京たてもの園編・第2回。


c0081462_2195062.jpg
「財閥の邸宅」


西ゾーンで最初に入った「常盤台写真場」で、思ったより長居をしてしまいました。
この時点で「1日では足りない」と思ったのは言うまでもありません(苦笑)
でも、だからといってさらっと見るのはもったいない!
幸い比較的近くにあるので、また再訪すればいいと考えることにしました(^^ゞ


表紙の写真は、写真場の隣にある「三井八郎右衛門邸」(みつい はちろうえもん てい)です。
主屋が1952年(昭和27年)、隣接する土蔵が1874年(明治7年)、復元は1996年(平成8年)。

東京都港区麻布笄町(こうがいちょう、現在の西麻布)にあった「高公」の邸宅です。
「笄」とは「簪」(かんざし)に似た髷を結うための用具のこと。
戦前は「今井町」(現在の六本木一丁目付近)に広大な邸宅がありましたが、戦災で焼失。
戦後に再建するにあたっては京都油小路、神奈川大磯、世田谷用賀、今井町の三井家にゆかりのある施設から
建築部材、石材、植物などが集められました。
これは戦後の財閥解体に伴う経費削減や物資不足なども背景にあったのかな?と思いますが
現在に当てはめるとこれは1つの「エコ」(リユース)ですね(^^)
そして三井家所有の建物のエッセンスがぎっしりと詰まった素晴らしい建物が誕生したとも言えるかと。

ちなみに「三井八郎右衛門」とは個人の名前ではなく、三井財閥として知られる三井同族十一家のうち北家(総領家)当主を指します。
名前の由来はわかりませんが、北家3代当主の「高房」(たかふさ)から始まり
この建物の所有者だった11代当主「高公」(たかきみ)まで続きました。


三井家

いずれも@Wiki

園内最大のボリューム・・・
by sampo_katze | 2009-08-13 21:10 | 博物館・美術館 | Comments(4)